Episode_26.21 コルベートへ


 第三次ディンス攻防戦後、レイモンド王子率いる王子派軍は投降した王弟派の騎士や兵士を急速に自勢力へ併呑していった。


 この事自体は珍しい事ではない。先の第二次に相当するディンス攻防戦におけるコリンズ連隊の吸収や、最近ではトリム解放後の民衆派勢力との共同など、レイモンド王子率いる王子派軍は外部の勢力を取り込むことに長けている。


 これは何も王子派軍が仕組みとしてそのような制度を持っている訳ではない。ひとえに指導者であるレイモンド王子の性情が為せる技だ。この頃になると、レイモンド王子は嘗ての若い熱意をそのままにしながら、他者を懐柔し、自ずと思うように行動させる、そのような指導者の資質を開花させつつあった。


 威厳と強権を以て命じるのではない。現在の内戦の責任が自身を含むコルサス王家にあることを認め、立場を違えつつも国のために戦った事をねぎらい、そして敗北をいたわる。その中で、今後の国造りを語り、将来を語り、協力を願う。流石に兵士の一人一人に直接話すことは出来ないが、或る程度の地位 ――例えば十人隊長格といった最下級の現場指揮官―― に対しては数人纏めて直接話をしたりもする。


 王族、それも自身こそ正統な王だと宣言する立場の者として、レイモンド王子が行う懐柔は破格のものがある。しかも、本人はそれを誰かに言われてやるのではなく、本心からの真心でやるのだ。これになびかない者、心を動かされない者の方が稀だといえる。


 敗北の結果としての虜囚。明日のわが身や部下達の行く末を案じる者は、心根が高潔な者ほど、この懐柔の影響を受けた。中にはその場でひざまずき、仕えるべき主を見出したり、と服従臣下の礼を取る者もいたという。


 勿論、全てが全てレイモンド王子の力量によるものではない。外的要因も大いに影響していた。それは ――王弟ライアードの暗殺―― という一大事変である。


 噂は少し前からあった。しかし、本格的に事実だと確認されたのは、ディンス攻防戦の翌々日のことだった。


 その報せは王子派領東部リムンからアートンを経てディンスのレイモンド王子に齎された。情報を運んだのは東方面軍将軍シモンと、彼に帯同した数名の見慣れない者達。その中に王弟派の雄と知られる猟兵の首領、レスリック・イグルの姿がある。


 レスリック・イグルは、娘ニーサが体験した王都コルベートでの異変と、自身の甥にあたるガリアノ王子への濡れ衣、イグルの郷に降りかかった災厄、状況からして首謀者は宰相ロルドールである、という旨を直接レイモンド王子へ語った。その上で、我が身の処遇は厭わないが、イグルの郷の民とガリアノ王子の将来安堵を願い出た。


 この証言は重大なものだった。そのため、信用して良いか? という議論が起こったが、別に洋上奇襲作戦中に捕虜となった王弟派の騎士ドリムと魔術師アンの証言が、全く同じ内容を伝えていると分かり、疑問は解決された。


 これに対して、レイモンド王子は、レスリックとニーサ、及び同行した数人の猟兵は奇襲作戦から戻ったばかりの魔術騎士アーヴィルに預けることとし、一方、イグル郷の人々はそのままリムンに住まうことを許した。また、ガリアノ王子に関しては、現在行方不明であることから処遇は保留とされたが、内々には


「私にとっても従弟殿だ、悪いようにはしない」


 と、レスリックに確約を与えていた。


 このようにして、王子派内は戦後の処理と次の行動に向けた準備を整える。そして、第三次ディンス攻防戦終了の二週間後、元王弟派第一騎士団を併呑し規模を拡大した西方面軍は、レイモンド王子の号令下、西トバ河を渡河南進。ノルヴァン砦を一気に落とし、タバンの街へ急迫した。


 しかし、その戦列にユーリーの姿はなかった。


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 スメリノ新王の元、タバンの防衛は全く統制を欠き、殆ど無抵抗のままに街を王子派軍に差し出すことになった。


 この時点で王弟派第一騎士団の残留部隊は早々にタバンを放棄してコルベートへ引き返していた。タバンからコルベートまでは、コルタリン半島の南西部を繋ぐ街道があるばかり。他に目立った防衛拠点は存在しない。そのため、タバンは都市そのものが王都コルベートの出城のようなものだ。


 にも関わらず、王弟派の第一騎士団はあっけなくこの都市を放棄した。そのため、レイモンド王子率いる王子派軍が街に到着した時点で、防衛側はタバン衛兵団のみであった。その衛兵団は、つい先月、ディンス攻略のために送り出した騎士や兵士、傭兵達が敵として・・・・舞い戻って来た事実に驚愕。


 ついに、一度も矢を交わす事なく王子派軍に投降、街を守る外壁は無血の内に開かれた。アーシラ歴四百九十八年十月末の出来事である。


 「タバン陥落」の報せは、当然の如く王都コルベートにも伝わる。その報せは王子派の勢力がコルベートの目前に迫っていることを示すものだ。迫り来る戦火の予感に、王都コルベートの住民達は震え上がった。


 振り返れば二十年近くに渡る内戦に於いて、王都コルベートは一度も戦火に晒されていない。国の分裂は身近な問題ではなく、戦いは遥か遠い場所の出来事であった。それが身近に迫る事で、コルベートは様々な変化を急激に起こし始めた。


 穀物、食料品の値段が自然と高騰し、次いでその他日用品の価格も上がる。それに前後して四都市連合からの商船団の入港が取り止めになると、供給不安から物価は鰻登りに急上昇した。


 ちまたには「内戦の黒幕は四都市連合」というデマが飛び交い、四都市連合系の倉庫や商家が焼き討ちに合う事件も起こる。それに対してスメリノ国王は、焼き討ちを行った住民への苛烈ともいえる処断を行う。タバンを放棄した第一騎士団が王都を巡回し、明確な証拠が揃わないまま、大勢の住民を捕縛する。


 コルベートの西の城壁外に、百基を超える磔刑たっけい台が設けられ、焼き討ちの首謀者として捕らえられた住民が老若男女の区別なく刑に処せられ、死体はそのままに放置された。


 この暴挙に、王都の住民は恐怖した。ただ、迫り来る王子派軍と、長らく自分達を統治していた王弟派軍を天秤にかけるなら、まだ王弟派軍の方が安心できる。この時点では、まだそのような意見が大勢を占めていた。だから、恐怖と抗議を丸々呑み込み、王城からの触書ふれがきが告げるように、努めて冷静に生活を送ろうとする。


 一方、王都コルベートの東に広がる農村地帯からは、戦火を逃れ、コルベートに逃げ込む農民達が大挙して押しかけた。タバン陥落から一週間後に、トリム、ターポといった東側の都市部で王子派と民衆派の合同軍がコルベートに向けて進撃準備を開始した、という噂が急速に広まったのだ。


 嘘か誠か確証の無い噂話。だが、農村の人々はその噂を信じて王都を避難場所に選んだ。本来ならば、王都の東側の都市タリムにも受け入れる余力はある。寧ろタリムの方が近い、という農村もある。だが、先にタバンの防衛を放棄した事実が、農民達を王都へ向かわせた。


 そのため、王都コルベートの城門が、これ以上の混乱を避けるために閉鎖された10月末日までに、大勢の避難農民が王都内へ入り込むことになった。そんな避難農民達は、城門を潜る際に極簡単な人定しか受けていない。中には全く何の確認もなく、混乱に乗じて王都に入り込んだ者達もいる。


 そんな者達の中に、ボロくみすぼらしいむしろのような外套を纏い、一見農夫か物乞いにしか見えないような身なりをしつつも、フードの奥の双眸にギラリと鋭い眼光を宿して白珠城パルアディスを睨み付ける若者と老人の組み合わせがあったとしても、誰も気に留める者は居ない。


 王都コルベートはそれどころでは無かったのだ。

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西方辺境戦記 ~光翼の騎士~ 金時草 @Kinjisou

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