Episode_26.20 血濡れ手に掴み取るもの
ディンス城塞を取り囲む大通り、といっても道幅は精々広くて十数メートル程度。そこで、四都市連合軍の海軍陸戦兵千余とレイモンド王子率いるディンス義勇兵二千余が衝突する。たちまち、通りは兵士達で埋め尽くされて、そこかしこで戦闘が始まる。
四都市連合の海軍陸戦兵の装備は、今回の市街戦を視野に入れたものだ。船上での動きを考慮した軽量薄手な革鎧に大振りの盾。武器は剣か手槍を持ち、背中には大型弩弓を背負っている。彼等は櫂船単位で戦闘集団を構成するが、乱戦となると数人から十人程度の戦闘班で行動する。この時、十二番筋から進軍してきた部隊はほぼ全員が第二海兵団所属の部隊で、歴戦の猛者ばかりだった。
対して、ディンス義勇兵は平時
果たして戦いの最序盤は、潰走状態となった民兵団残兵と合流したディンス義勇兵が形ばかりの前列を構成して、四都市連合の海軍陸戦兵と衝突する。その結果、四都市連合の勢力が一気に押しまくる形勢となった。
勇猛な歴戦の海軍陸戦兵を相手に、潰走中だった民兵団とディンス義勇兵の前列は殆ど抵抗らしい抵抗が出来ずに崩壊してしまったのだ。結果として、義勇兵達の前列は一気にレイモンド王子付近まで押し下げられる。
一気に詰め寄って来る敵兵に対して、逃げ場を失くした多くの義勇兵は背後から斬られ、辛うじて細い路地に逃げこむことが出来た者達だけが生き残った。
戦いは形勢、つまり勢いで決まる側面がある。そのため、ディンス防衛側の前列を
五人一組で行動せよ、という単純至極な戦訓のみを頼りとして、武器というよりも日用品の範疇を出ない棒や包丁、果ては物干し竿などといった貧弱な装備で、果敢に敵兵に向かっていく。そんなディンス義勇兵の姿に、次第に海軍陸戦兵の前進が鈍る。そして、
「どうなってるんだ?」
「あんな連中、見た事ないぞ!」
そんな動揺が前列を中心に広がり始めた。
殆ど雑兵かそれ以下の義勇兵達が、全く貧相な装備で立ち向かってくる。しかも、次から次へ押し寄せて退く気配がない。それどころか、剣や槍を受けてもそのまま掴みかかり地面に引き倒そうとして来る。一度倒されてしまえば、起き上がるのは至難の業だ。大勢で寄ってたかって袋叩きにされる。
海軍陸戦兵達は歴戦の猛者だが、これ程苛烈な戦闘意欲を持った敵と対峙した経験は少ない。近年大規模な海戦が起こっておらず、リムル海沿岸の租借地における反乱や暴動鎮圧が、最近の彼等の主任務だったから尚更だ。
少し戦って不利になれば後は逃走するか降伏するような敵としか戦ってこなかった彼等にとって、今対峙しているディンス義勇兵は異質な存在だった。
「ひるむな!」
「雑兵相手だ! 叩き潰せ!」
指揮官達の号令が背後で響くが、前方の兵達に広がった動揺は深刻だった。その結果、ディンスの大通りで繰り広げられた乱戦は、十二番筋から始まり、ずっと南側へレイモンド王子率いる義勇兵達が押し込まれた箇所で漸く四都市連合側の海軍陸戦兵の前進が止まる。
結果的に四都市連合側の海軍陸戦兵はディンスの街中に深入りし過ぎた格好になっているが、この時、それに気付いた者はいない。
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「持ち堪えよ! 戦え! コルサスのために!」
暗い夜空に火災の赤い光を受けた大きな旗がなびく。その下では、下馬したレイモンド王子が声も枯れよとばかりに号令を発し続けていた。その姿は勇ましくもあり、悲壮でもあった。そんなレイモンド王子の姿に、戦の神マルスが勝者の軍配を差し向けたのだろう。
運命を決めたその音は、最初小さく、後に無視できない音量となって大通りに響く。大勢の馬の嘶きと蹄の音だ。それが、ディンスの街を取り囲む外壁から大通りをグングンと近づいてくる。
「おお!」
「やっと来たか!」
そんなどよめきが王子の近くで上がる。この時点で大勢の騎馬を有しているのは郊外へ退避していた西方面軍の騎士隊しか居ない。それが、ディンスの街中に到着した、ということだった。
そうなると、今度は形勢が一気に逆転する。港湾地区から大通りへ入り、深追いし過ぎた四都市連合の海軍陸戦兵の集団は背後を騎士隊に襲われることになった。しかも、前は死に物狂いの義勇兵に塞がれ、文字通り袋小路に閉じ込められた格好となる。
「間に合ったぞ! 突撃、突撃だぁ!」
「突っ込めぇ!」
「一番槍を!」
勇ましい声は背後を突いた西方面軍騎士隊のもの。そして、ディンスの街を巡る戦いの趨勢は、この突撃によって決したといっても過言では無かった。
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ディンスの街を巡る戦いは渡河によって始まり、しばらくの間は両軍が拮抗する状況が続いた。しかし、四都市連合の海軍勢力によるディンス港奇襲を契機として、王弟派軍優位に状況が推移。一時、ディンスの河岸に構築された防塁を王弟派軍が突破寸前まで攻め立てるに至った。
だが、状況はこの後一気に王子派有利に傾く。レイモンド王子の出陣と、西方面軍騎士隊の増援到着により、四都市連合の奇襲部隊が大きな痛手を受けたからだ。更にこの時、ユーリー率いる襲撃部隊の成果が「旗艦襲撃」の報せとして奇襲部隊に
もしもこの時、奇襲部隊の中で第二海兵団所属の部隊が健在だったら、彼等の判断は違っていたかもしれない。しかし、残念ながら第二海兵団の主力は騎士隊によって撃破されていた。そのため、カルアニス海軍優勢となった奇襲部隊は「旗艦へ帰投する」という決断を下し、それを止める者はいなかった。
これにより、ディンス港への奇襲は不完全な成果を以て終了となる。その結果、王子派は分散していた防衛戦力を全て南の防塁へ向けることが出来るようになった。
一方、当てが外れた王弟派軍は一時の攻勢が裏目に出て勢いを減じる。また、この時点で東の森内に潜伏していた王弟派の奇襲部隊が街中へ決死の突撃を敢行しようとするが、王子派のロージ率いる遊撃兵団がこれを阻止。交戦の結果、王弟派を退却させることに成功した。
結果、東西の搦め手を失敗した王弟派軍の正面攻勢部隊は河岸にまで追いつめられる。そして、状況の挽回が不可能と判断した彼等が降伏の旗を掲げたのは、丁度夜明けの時間であったという。
コルタリン山系から昇る朝日を受けて、王弟派の降伏旗が燦然と輝いて見えた。少なくとも、この夜ディンスを守って戦い、生き延びた者達の目にはそう映った。そして、
「これより、コルベートへの積極攻勢に移る」
防塁からその光景を見るレイモンド王子は、周囲の騎士達に厳然とそう宣言した。これが、コルサス王国内戦の最終局面への呼び水であり、後の世に「第三次ディンス攻防戦」と呼ばれる戦いの顛末であった。
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