Hard Days,Holy Night (ポルノグラフィティ)

 終業を知らせる17時のベルが、今日も空しくオフィスに響く。


 わざとらしく伸びをして、煙草を手に立ち上がる。

 案の定、課長の声が俺を刺す。


「黒田ぁー。また休憩かー?」


「すんません。ちょっと煮詰まっちゃって」


 へらっと笑うと、課長の眉間に皺が寄る。


「いいか? 今日じゅうに仕上げてくれよ! お前の企画書ができるまで俺もクリスマスイブはお預けなんだからな!」


 おっさんのイブなんか知るかってーの。

 どうせ家族は先に家でケーキ食ってんだろう。

 子供が待ってんのは、オヤジじゃなくておもちゃをくれるサンタだよ。

 俺なんか、可愛い彼女を待たせてるっつーのに。


「はい。わかってるっす。あともうちょいなんで」


 もう一度へらっと笑うと、俺はそそくさと廊下に出た。


 🎄


 喫煙室で携帯を見ると、予想通り怒涛のラッシュが入っている。


【クリスマス・イヴは特別な日なんだからね?】

【絶対定時で帰ってきてね!】

【チキン、もうオーブンに入れちゃったよ!】


 電話でも、メッセージでも、迂闊に返してはヤブヘビだ。

 今日は帰れないかも、なんて正直に申告しようものなら、どんな怒号が返ってくるかわかりゃしない。

 かと言って、なるべく早く帰るよ、なんて言おうものなら、嘘をついたと責められる。


 くそっ。イエス・キリストはなんだってこんな慌ただしい年の瀬に生まれたんだよ。

 クリスマス・イブが恋人達にとって特別な日だなんて、どこの誰が決めたんだよ。

 そんなに特別な日なら、日本だって国民の祝日にすりゃあいいのに。

 このままじゃ俺は犯罪者並みに重い罪を着せられる。

 とにかく急いで仕事を終わらせないと。


 🎄


「おつかれさーん。メリー・クリスマス!」


 終電ギリギリ。

 三度のダメ出しを喰らい、ようやく課長のオッケーが出た。


「お先に失礼しますっ! メリー・クリスマスっす!」


 社屋を出たとこで、先にエレベーターに乗った課長を追い越した。


 イブの終電はさすがにまばらだ。

 車内を見回すと、課長みたいな疲れたオッサンか、リア充爆ぜろと鼻息の荒い酔っ払った学生どもばかり。


 俺も去年は学生だった。

 彼女と二人で部屋じゅうを派手に飾りつけ、友達を呼んで朝まで騒いだっけ。

 そんな元パリピの俺も、今や立派な社会人。

 イブの夜に誰よりも大切なはずの彼女を待たせて、終電まで企画書に追われる社畜だぜ。

 真っ暗な車窓に映る疲れた自分の顔を見て、思わず笑いが漏れた。


 そのときだった。


 飛行機か?


 夜空の向こう、チカチカと瞬きながら、ゆっくりと移動する光が二つ。

 目を凝らすと、その光をまとうのは立派な角の生えたトナカイで――

 トナカイの後ろには、絵本で見たようなそりと、山積みのプレゼント。


 そして、そりに乗るのは――サンタクロース!!


 白い豊かなひげを生やした赤い服のじいさんは、俺と目が合うとウインクをして夜空の彼方に飛び去った。



 ……幻覚か。相当疲れてんな。俺。



 眉間に指をあて、マッサージをしてからもう一度窓の外を見る。

 やっぱりサンタはどこにもいない。



 けど、なんか元気が出てきたな。

 俺もサンタクロースもこれからが本番だ。

 さんざん待たせた分、彼女に特別なクリスマスを贈らなくちゃだな。

 そうは言っても、結局プレゼントを買う暇もなかったんだけど。


 終電を降りた駅前のロータリーは、今日は客待ちのタクシーもまばらで。

 それでも客が少ないおかげで、すぐに飛び乗ることができた。


「雪見が丘三丁目まで」


 行き先を告げ、ふうっと背中をシートに預ける。

 FMで流れるあの有名すぎるクリスマスソングを聞きながら、心地よい速さで流れていくクリスマスイブの街の景色を眺める。


 街はこんなにロマンティックなのに、彼女は部屋でカンカンに怒っていることだろう。

 そんな彼女に、プレゼントも持たない俺がどんなスペシャルを贈れるだろうか。


 ドアを開けた途端に飛んでくるであろう怒号や物を避けながら、笑顔で彼女に近づいて――


“Merry Christmas !! ”


 その一言の後で、ツンととがらせた唇を塞ぐことにしよう。




 fin



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 May your Christmas be merry and happy ...


            from Himawari

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🎄 Christmas Songs for You 🎄 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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