サイレント・イヴ (辛島美登里)
粉雪舞うイブの街には、星のように煌めくイルミネーションと恋人たちの笑顔が似合う。
そんな暖かさにあふれた街にある小さな花屋の店先で、小さなブーケを買った。
「クリスマスのメッセージカードをおつけしますか?」
店員さんに聞かれて一瞬躊躇うも、「お願いします」と笑顔で応えた。
今日は私もクリスマスをお祝いすると決めたから。
聖なる夜に、自分自身と静かに向き合うために――
🎄
誰もいない部屋に、買ってきたミニブーケを飾る。
ブーケに添えられたクリスマスカードはテーブルに。
部屋の明かりを消し、キャンドルに火を灯す。
ぼうっと炎が揺らめき、幸せの色がぼやけた球体に広がる。
手をかざしてみたけれど、やっぱりその暖かさに触れることはできない。
知っていて、求めて、傷ついて、諦めて――
だから決めたの。
私はこの小さな光を見つめるだけにすると。
望んでもその幸せな光の中には入れないのだから。
あなたの暖かな胸の中にはもう二度と飛び込めないのだから。
🎄
“男女を越えた友情って本当にあるんだな”
あなたにそう言われたのは、学生時代の夏休み。
学年も学部もサークルも一緒で、周りにも腐れ縁だと吹聴していた私。
あなたからのその言葉で、初めて気がついたの。
“私はあなたのことを友達だとは思っていなかったんだ” って――
🎄
“ずっとあなたが好きだった”
あなたにそう伝えたのは、今年の春。
三年目の彼女とうまくいかなくて、悩んでいるあなたを見ていられなかったの。
あなたの胸に飛び込んだ私を抱きしめて、あなたはとても苦しそうに呟いたね。
“どうしてそれをあの頃に言ってくれなかったんだ” って――
🎄
結局あなたは彼女を突き放したりはしなかった。
そして、私のことも突き放したりはしなかった。
夏が過ぎ、秋が過ぎて、ようやく私は “さようなら” を言う決心がついた。
恋人にもなれない。
友達にも戻れない。
そんな自分に “さようなら” を決めたんだ。
🎄
揺らめくキャンドルの明かりの横で、携帯の画面が光を帯びる。
浮かび上がるのは、あなたからのメッセージ。
“Merry Christmas”
浮かび上がって、そして消えた。
小さく小さく燃えていた、あなたを焦がれる思いに息を吹きかけるように――
🎄
キャンドルの炎を消す。
真っ暗な部屋で、膝に顔を埋めて一人で泣いた。
友達に戻れるかなんて、今の私にはわからない。
暖かに揺れる
暖かに揺れる灯の中に、私の居場所を見つけられる日はくるのだろうか。
今の私にはわからない。
今はただ泣かせてほしい。
静かな、静かな、聖なる夜。
自分自身のためだけに。
fin
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