KANのChristmas Song (KAN)

 午後7時5分。

 待ち合わせ場所の南武デパート前広場に到着。

 カップル、友人同士、様々な組み合わせが約束の時間に落ち合い目的の店へ移動しようとしている中、やっぱり彼女の姿はない。


 僕だって5分遅れで来てるというのに、結局今晩もいつものように待たされるに違いない。




 クリスマスイブの今日くらい、ほどほどの遅刻程度で来てくれればいいのに。




 僕の恋人は良く言えば大らか、悪く言えばルーズな性格だ。

 そんな彼女と付き合い始めて初めてのクリスマス。

 デートのたびに二、三十分の遅刻を繰り返す彼女との待ち合わせにもだいぶ慣れてきたけれど、恋人たちにとって特別な今日という日くらいは少しは早く来てくれるかと期待していたのだ。

 けれども、それは結局僕の独りよがりだったらしい。


🎄


 午後7時15分。

 7時ジャストの待ち合わせ組はほとんどはけて、足早に通り過ぎる人の中、僕だけが広場にぽつんと立っている。

 こんな日の待ちぼうけはなんだかとても目立つような気がして、穴があったら入りたいとさえ思う。

 寒いしデパートの中に入っていたいんだけれど、なんとなくそれもできずに僕は寒空の下、白い息を吐きながら彼女を待つ。


🎄


 午後7時28分。

 気がつけば、僕の周りは再び誰かを待つ人達でごった返すようになっていた。

 こんな人混みじゃ、彼女が慌てて駆け寄ってくるいつもの姿が見られない。

 背伸びをして周囲を見渡していると、頭上からボーンと鐘の音がひとつ。


 続いてジングルベルが鳴り、その場にいる人々の視線がデパートの壁に集まった。

 大きなからくり時計から、サンタクロースの赤い衣装を身にまとった人形たちが次々と出てきてくるくる踊る。

 束の間見られる可愛らしい姿と共に幸せなひとときを過ごした人たちが広場を去っても、まだ彼女の姿は見えない。


🎄


 午後7時41分。

 僕はまた一人でぽつんと立っている。

 さすがに体中が凍りそうなくらいに冷えてきた。

 やっぱりデパートの中に入ってしまおうか。

 そんなことを考え始めていたとき。


 駅からこちらへ向かってくる大集団の中に、ちょこまかと人の波を縫って駆け寄ってくる女の子が一人。

 僕を見つけて、砂糖菓子のようにほろほろと甘く顔をほころばせる。


 そう。この笑顔。

 君の焦る表情がこの笑顔に変わる瞬間が見たくて、僕はいつも待ってしまうんだ。


「待たせてほんっとーにごめんね! いつもよりお洒落してきたから、お化粧にも時間がかかっちゃって」


 いつも遅刻してくるくせに、いつも申し訳なさそうに謝ってくる君。

 さすがの僕も今日のこの特別な空気の中で待つのは辛かったけれど、それは言わないことにした。




 クリスマスイブの今日だから、君の前ではずっと笑顔でいたいんだ。




「いつものことだけど、君の来る時間が読めなかったから店は予約していないよ。今日はイブだからお洒落な店はどこも混んでるかもしれないな」


「私はいつものお店でいいよ!

 貴方と二人でいられるなら、どこだってスペシャルな場所になるから」


 屈託なく言われてしまうと、照れ臭くて君を見つめ返せなくなってしまう。

 返事の代わりに左肘を軽く突き出すと、君は僕の左手の手袋を外し、冷えたその手を握ったまま僕のコートのポケットに手を滑り込ませてきた。


「今日はこの方があったかいよ!」


 そんな笑顔で覗き込まれたら、ますます照れ臭くなってしまう。


 そんな照れ屋の僕だけれど、今日はちょっとしたサプライズを用意しているんだ。


 君の遅刻のせいでレストランを予約できない僕らの行きつけは、終電までのんびりいられる料理の美味しい隠れ家バル。


 今晩12時になったら僕はバルでのおしゃべりをやめて、君のためだけにクリスマスソングを歌うよ。


 照れ臭くて人前で歌ったことのない僕の鼻歌を、以前君がものすごく褒めてくれたから。




 クリスマスイブの今日だけは、特別な贈り物を君に届けたいんだ。




 照れ臭い思いをしながら何軒もアクセサリーショップを回ってやっと見つけた、君にぴったりのオープンハートのネックレスを添えて──




fin

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