DEAR…again(広瀬香美)
職場からの帰り道。
毎日ほぼ同じ時間に通っている国道も、今のこの時期はすっかり夜闇に包まれ、行き交う車のライトが淀みない時の流れを照らすように次々と現れては消えていく。
つけっぱなしのFMラジオから、往年のクリスマスソングがヘビーローテーションで聞こえてくる。
この曲は、あなたと初めて一緒に過ごした冬にCMで盛んに流れていた曲だった。
サビのメロディは誰もが口ずさめるほど馴染みがあって、ハンドルを握りながら私も思わず鼻歌を歌った。
ねえ。
今年もこの曲がこの街にあふれるよ。
あなたの住む街でも流れているのかな。
あなたも口ずさんでいるのかな。
一緒に過ごしたクリスマス、あなたも思い出してくれているのかな――
【帰りに牛乳を買ってきてくれる?】
母からそんなLINEが入っていたのを思い出し、国道沿いのコンビニの駐車場に車を停める。
流れている曲のせいで、すぐに車を降りることができない。
助手席に置いたショルダーバッグから携帯を取り出し、ロック画面を解除した。
あなたからの着信履歴を辿ってみると、最後に電話で話したのは二週間前。
年末にかけて仕事が忙しいのは、同じ会社の別の支所に勤める私も同じだからよくわかってる。
いくら千キロ離れてると言っても、いつも声を聞けばあなたをすぐ傍に感じることができる。
それなのに、二週間も声を聞いていないのは寂しすぎるよ。
あなたの名前をタップしようと人差し指を伸ばした。
でも――
今、あなたの声を聞いたら、きっとクリスマスまで待てなくなってしまう。
寂しくて、早く会いたくて、わがままを言ってあなたを困らせてしまう。
ラジオの音が、明るいパーソナリティの声に切り替わる。
躊躇う指先をそっと手のひらに押し込み、携帯をバッグに戻して車を降りた。
🎄
コンビニの入口に向かいながら空を見上げる。
月の光は日ごと増していく寒さの中でいよいよ白く澄み渡り、散りばめられた星々は静かに静かに冷えていく夜の大気に煌きを添えている。
あなたの住む街は、今日は雪の予報だったね。
昨日は日差しの暖かい一日だったから、油断して薄着で出かけたりしていないといいけれど。
あなたの街にやってきた冬将軍は、いつものようにあなたがこの街に連れてくるんだね。
私は今年も冬将軍を連れてやってくるあなたを空港まで迎えに行くつもりだよ。
ゲートから出てきて私を見つけたときの、くしゃくしゃの笑顔を独り占めしたいから――
🎄
牛乳の入ったレジ袋をぶら下げて店を出ると、バッグの中でヴヴヴと小さな音がした。
レジ袋を手首に通し、ぎこちない仕草で携帯を取り出す。
【元気? こっちは雪が積もってて超寒いよ】
相変わらずの短いメッセージが、私の心にろうそくのように小さく温かい光を灯す。
車に戻るまで待ちきれなくて、白い息を吐きながらその場でメッセージを作った。
【元気だよ!😊】
嬉しさと寂しさで泣きそうな顔をしながら、強がって明るい顔文字を送る。
【こっちはまだ雪は降ってないよ。クリスマスには】
そう入力しかけて、最後の七文字を消去した。
“クリスマスには間に合うように帰ってきてね”
そのお願いは、私の心の中に大事にしまっておくことにするね。
願いごとは、誰にも話さない方が叶うって聞いたから。
胸の中で大事にしまっていれば、きっとサンタクロースが叶えてくれる。
冬将軍を連れた、くしゃくしゃ笑顔のサンタクロースが、きっと――
fin
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