O.R.I.O.N.(三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE)

 帰社後にたまっていた雑務を片づけ、マフラーを巻きながらビルの外へ出た。


 会社に戻る前に薄闇色だった空は星々をくっきりと浮かび上がらせるほどに色濃くなり、白い息もその透き通った冷たさの中にあっという間に溶け込んでいく。


 コートのポケットに突っ込んだままの携帯を取り出してロック画面を確認すると、案の定そこには千世ちよからのLINEメッセージが羅列していた。


『昨日の埋め合わせ、今日できそう?』

『今日会えるなら、ギリギリクリスマスってことで許せるんだけどな~』

『返事来るまで会社出て時間つぶしとくね』



 昨日は数年ぶりのホワイトクリスマスだったというのに、取引先の側で起こった発注ミスのフォローに追われ、俺は終電まで会社居残りとなってしまった。

 やり取りの合間に予約していたディナーをキャンセルし、千世に平謝りをして許しを乞うた。


 イヴにドタキャンされるなんて! と昨晩はだいぶ機嫌を損ねていたが、どうやらクリスマスデートの解釈を今晩にまで拡大してくれたらしい。




 ほっと息を吐きつつも、彼女に返信する前に俺は南東の空を見上げた。




 ――見えた!




 等間隔に三つの星が煌めくオリオン座。

 その上方に位置するベテルギウス恒星を一角とし、おおいぬ座のシリウスとこいぬ座のプロキオンとで形成される


“冬の大三角” だ――!!



 ごめん。千世。

 都合の良いこと言ってるのは承知で頼む。


 クリスマスデートの拡大解釈を、もう一日だけ延長してくれ!




『本当にごめん!!

 明日こそは会えるから、行きたい店考えといて』


 手早く千世に返信を送ると通知をオフに設定し、俺は約束のあの場所へ向かって走り出した。



 🎄



“冬の大三角” を俺たちのシグナルに決めたのは、大学卒業を間近に控えた年末だった。



「クリスマスから大晦日の間で、一番早く冬の大三角が見えた日にここで集まることにしようぜ!」



 卒業してもこのメンバーで必ず集まる日を決めよう。


 そんな話で盛り上がった時に、カンタが言い出した提案だった。



「ロマンティストかよ。

 毎年何日って決めた方がわかりやすいだろ」


 クワっちのブーイングは至極最もだったが、なんだかそれも味気ない。

 結局、俺とムトゥーがカンタに加勢し、俺たちのシグナルが決まった。


 なんたって “冬の大三角” は、俺たちの中では特別なエピソードを持っている。


 大学二年の冬、クワっちのアパートの大家さんから騒音で怒られ、仕方なく部屋飲みの続きを近所の公園で始めた時のことだ。

 あんまり星が綺麗で、震えながらも皆が空を見上げて飲んでいた。

 そんな中、高校時代に天文部に所属していたというカンタが、俺たちに冬の大三角を教えてくれたんだ。


 それ以来、俺ら四人は毎年冬に何回か、凍てつく空気の中で星空を見上げながら酒を飲むということをやっていた。


 回数を重ねるうちに寒空の下でのうまい酒の飲み方なんかも考え出して、カセットコンロと鍋を持ち出して熱燗を用意したり、買ってきたコンビニおでんを温めたり、社会人の今となっては近隣住民に怒られても仕方のないようなことをやっていた。


 真冬に星空の下で震えながら飲むことにこだわるのが、どうしようもなく楽しかった。




 きっと俺たちは気づいていたんだ。




 未来の俺たちにとって、この美しいほど馬鹿馬鹿しい日々は、二度と手の届かないところに離れていくものであることを。



 夜空の向こう、

 何百光年先で輝くあの星ぼしのように――。



 🎄



 イヴを過ぎたことに気づかない色とりどりのイルミネーションが、まるでキャンディのように甘ったるく街を飾り続けている。


 そんな華やかな喧騒から離れ、俺は約束の場所へと急ぐ。



 海岸からほど近い公園に息を切らせて入ると、角詠島の淡いシルエットとそこに立つ展望台のイルミネーションを酒の肴に、三人はすでに飲み始めていた。



「すまん。残業があって大三角シグナルに気づくのが遅れた」


「遅かったな! シグナルを見逃してるのかと思ったよ」

 カンタが寒空の下で断熱の紙コップを渡してくる。


「雪がまだ残ってるからな。今年は格別冷えるぞ」

 クワっちがそこに焼酎を注ぐ。


「ヨッチンも来たことだし、乾杯しなおしますか」

 ムトゥーが保温ポットのお湯を足してくれた後に、自分の紙コップを掲げた。

 俺たちも湯気の出るコップをそれぞれに掲げる。


「「「「うぇーい!!」」」」


 鼻をツンと刺激する冷気の中、冬の大三角への乾杯を合図に俺らの時間は巻き戻り、それぞれが今年体験した出来事を語り積み重ね笑い合った。


 🎄


「芯から冷えてきたし、そろそろ店で飲み直すか」

「仕事納めまでは風邪引いて会社休んだりできないしな」


 お湯割りを2杯ほど飲んだあたりで誰からともなく片付け出す。


 無茶をしないところは学生の頃とやはり違う。


 けれども、星をシグナルに集まる仲間の絆は、これから先もずっと俺らの中で輝き続けることだろう。





 店へ向かう途中、ポケットから携帯を取り出し、再びロック画面を確認した。



 千世、相当怒ってるだろうな……。



『会社を出る時、冬の大三角が見えたからピンときました。

 クリスマスの埋め合わせは明日がっつりしてもらうことにするね(笑)』



 苦笑いした俺に、ムトゥーが横槍を入れる。


「ヨッチン、何ニヤけてんだよ! さては千世ちゃんからラブラブLINEが入ったな!」


「リア充爆発しろー!」

 すでにほろ酔い気分のクワっちがお決まりの台詞を叫ぶ。


「お前、昨日のイヴに残業してたってさっき言ってたろ? もしかして今日は千世ちゃんと約束があったんじゃないか?」

 酔っても気遣いを忘れないカンタが心配そうに尋ねてくる。



「千世は大丈夫だよ」



 俺たちはきっと大丈夫だ。

 なんたって、この正月に互いの実家に結婚の挨拶に行くことがもう決まってるのだから。


 さっきは報告しそびれたけれど、店に入ったら飲み直す前に皆にも報告しなくちゃな。


 こいつらが大騒ぎして、店を追い出されなきゃいいけどな――。



 雑居ビルに吸い込まれる手前、口元の緩んだ顔を見られないように三人を先にやり過ごすと、俺はもう一度夜空に輝くシグナルを目に焼き付けてから店に入った。



fin

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