🎄 Christmas Songs for You 🎄
侘助ヒマリ
いつかのメリークリスマス(B'z)
乾いた空気の中を瞬く無数の電球たちは、今年の聖夜も地上に落ちてきた星のように瞬いている。
街も人も車もその星ぼしに照らされて華やかに煌めいている中を、俺は白い息を吐きながら独り歩く。
今日みたいな日は、中古ギターの販売や修理を請け負う俺の店は閑古鳥だ。
バイトに入っていた学生も上がらせて店じまいした。
本当は俺一人で店を開けていたっていいのだが、クリスマスイヴには毎年あの家具店のショウウインドウに立ち寄ることにしているんだ。
KAKUYOMUと書かれた看板の下、オレンジ色のダウンライトに照らされた中に、今年もそいつは飾られていた。
ウインドウの中は月替わりで有名なデザイナーズチェアがディスプレイされるのだが、毎年十二月はイームズのシェルサイドチェアになる。
そう。
いつかのクリスマスにも、ここにそいつが飾られていたんだ──
🎄
「こんな椅子が似合うところにいつか住めるといいね」
オレンジ色のダウンライトのせいなのか、刺すような冷たい空気のせいなのか。
マリの頬はいつもより少し濃い紅に染まっていた。
「こないだデモを送ったレコード会社が、年明けに俺らの曲を聞きにスタジオまで来ることになったんだ。
デビューが決まれば、すぐにでも今の狭いアパートから引っ越せるさ」
俺の話を聖夜の夢物語だと思ったのだろう。
「もしも引っ越せたら、まず最初にこの椅子を二つ買おうね」
彼女は曖昧な微笑みを俺に向けた。
俺はマリを信じさせたかった。
実際、A社の担当からは好感触な返事をもらっていたし、ライブでは俺らのバンド目当てのファンが着実に増えていた。
夢物語でもなんでもなく、手を伸ばせばすぐにでも届く場所にあったんだ。
メジャーデビューも、
イームズチェアも。
そして、二人の新しい生活も──
クリスマスイヴの夜、バイトを終えた俺はこの店に閉店間際に駆け込んだ。
今の俺じゃ、この椅子を一脚買うのが精一杯だ。
けれど、来年にはもう一脚を買って、広くて洒落たダイニングに二脚向かい合わせに置ける予定だ。
この一脚はマリへのクリスマスプレゼントでもあり、俺たちの夢が実現する前祝いでもある。
「プレゼントなんで、包装紙で包んでもらえますか?」
箱はかなり大きかったが、無理を言って包装紙とリボンをかけてもらった。
タクシーに乗る金はなく、いつもの電車にそれを抱えて乗り込んだ。
混雑した車内で、俺と俺の抱える荷物に冷ややかな視線が向けられていた。
居心地の悪さすら心地よいこそばゆさとなって頬を緩ませる。
家々の明かりが流れる窓ガラスに、マリの驚いて喜ぶ顔を何度も映しては笑みを零した。
抱える腕がしびれを訴えるけれど、足取りは軽やかだった。
箱を持つ手はかじかむけれど、心は温かい思いで満たされていた。
アパートの外通路で、クリームシチューの幸せな匂いが一足先に俺を出迎える。
「ただいま!」
荷物を一旦置いてドアを開けると、甘ったるいミルクの香りと共に、キッチンから「おかえりなさい」の声が届いた。
「メリークリスマス!」
陽気な俺の声に振り向いたマリの黒い瞳は、見たこともないくらい大きく丸くなっている。
リボンをほどいて箱の中から白いイームズチェアを取り出すと、彼女の瞳はますます大きく丸くなり、そこに部屋の明かりを反射する涙の膜が張られた。
「マリの夢は必ず俺が叶えるよ。
だから、いつまでも二人でいよう」
そう言って抱きしめると、彼女は腕の中で鼻をすすりながら何度も頷いた。
六畳一間のアパートでは、その椅子の置き場所は狭いキッチンの隅しかなかった。
彼女はそこに白いイームズチェアを置き、朝のコーヒーを飲み、夜の読書をするのを日課にしていた。
🎄
結局俺たちのバンドは、メジャーデビュー寸前のところで空中分解した。
売れる曲を作るのか、演りたい曲を作るのか。
仲間内で対立していたところに、ヴォーカルのケイが飲酒運転で事故を起こし、半身不随になったからだった。
夢も希望も失った俺は、どうしようもない苛立たしさをマリにぶつけた。
「二人で頑張ろうよ」
そんなマリの明るい声も耳障りでしかなくなっていた。
全てを失った後でようやく立ち直ったのが三年前。
駅前の小さなテナントと、あの頃よりも少し広くなったワンルームマンション。
そして、座る者がいなくなった白いイームズチェア。
それが今の俺の持ち物だ。
彼女はこの聖夜をどこで過ごしているのだろう。
新しい椅子に座り、同じ椅子に座る誰かと、幸せなクリスマスを祝っているのだろうか――。
ショーウインドウの横にあるドアから、大きな箱を持った若い男性が出てきた。
その箱が俺の鞄に触れて、気づいた男性が「すみません」と頭を下げる。
「つないだ手を離すなよ」
唐突な俺の言葉に面食らったような顔をして、男は俺に軽い会釈を返した。
家で待つ誰かの顔を思い浮かべ、頬をゆるめて俺の横を通り過ぎる。
温かい光と笑顔が溢れる雑踏に溶け込んだ後姿を見送ると、俺はひとり駅に向かって歩き出した。
fin
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