第2話:1000字版
ハロー、Mr.ロレンス。結局、君は最後の最後まで僕に返事をくれる事はなかったね。
ねぇ、Mr.ロレンス。僕が初めて君に手紙を書いたのは、僕の十五回目の誕生日だったね。
あのさ、Mr.ロレンス。お父さんは確かに恐かったけれど、本当は真面目な人だったんだ。だからたまに僕を叱って叩くのも、僕が悪い子供であったからなんだ。
だから、ね、Mr.ロレンス。色んな事に疲れたお母さんがあの日、家族の誰にもさよならを告げずに首を吊ったのも、僕が悪い子供であったせいなんだ。
告白するよ、Mr.ロレンス。あの日、お父さんは空中で気を付けをしたままのお母さんを見て、何を言うよりも早く大声で泣いたんだ。
お父さんはね、何度も何度も声にならない声で言ったんだ、どうして僕じゃないんだと。
肉まんのようなお父さんの拳は硬くて、たった一発で僕の前歯は見事にばきっと折れたんだ。それからさらに二度、三度……。僕はもうまともに息をする事さえ出来なくなったんだ。
教えておくれよ、Mr.ロレンス。僕はどうすれば良かったんだろう。僕はただ、一度で良いからちゃんと名前を呼んで欲しかっただけなんだ。たった一度で良いからわしゃわしゃって頭を撫でて欲しかっただけなんだ。
信じてくれるかい、Mr.ロレンス。僕は良い子であろうとしたんだよ。何が良くて何が悪いのか、馬鹿な僕には分からなくて。だからこそ僕は、何度も何度も失敗しては一つずつ要らない部分を削って捨てて、そうして少しでも本物の良い子に近付こうとしたんだよ。
だってね、Mr.ロレンス。誰かに嫌われるのは、僕が悪い子だからなんだろ。
だけど、だとしたら、Mr.ロレンス。大きな背中を小さく丸め、お母さんの亡骸を抱いていたお父さんを、後ろから何度も何度も包丁で刺して、ライターで部屋に火を付けた悪い子の僕は、もう永遠に誰からも好かれる事は無いだろうね。
あぁ、Mr.ロレンス。今夜は本当に月が綺麗だ。
さようならだね、Mr.ロレンス。この世界で僕の手紙に気付いた人は、やっぱり一人もいなかったけれど、それでも僕はこんな風に君へと手紙を書ける時間がとても幸せだったんだ。
ありがとう、Mr.ロレンス。今から僕は旅立つけれど、いつかもしも、顔も知らない君と本当に出会う事が出来るなら。
ありがとう、Mr.ロレンス。ありがとう、Mr.ロレンス。叶うならどうかその時まで、せめて君だけは僕を忘れないでいておくれよ。
〈了〉
自主企画用「掌編小説ロレンス」改訂版 淺羽一 @Kotoba-Asobi_Com
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