カクとヨムの間

玖万辺サキ

創作物とは脳のうんこである

まず『創作物=脳のうんこ』を簡単に説明します。この仮説は「なぜ人間は創作するのか」という疑問に答えるとともに「真剣に書いたのに全然反響なくってもう書くの止めようか」という思考が実は理にかなっていないことを明らかにするものです。


何らかの事象に感動する。感動を脳の食事=栄養とします。感動を繰り返すうち「自分も同様のものが作りたい」「自分ならこうするのに」といった感想を抱くようになる場合があります。これらの雑感を脳の排泄物とします。排泄物が増えるとやがて脳の許容量を超え、排泄欲求に変わります。これが「創作意欲」というわけです。


具体例を挙げましょう。


私は幼少期にある漫画に感動しました。青いネコ型ロボットは夢のような存在でした。しかし我が家には引き出しの付いた学習机がありません。これでは自分の家には来られない。そう考えた私は自分で似たような絵を描くことで我慢しました。


ある漫画に感動し、真似た絵を描く。食事とうんこの関係に非常によく似ています。創作物を脳の排泄物と仮定した場合、次の重要な定義が導き出されます。


1.創作とは単なる生理現象である


ただ単に溜まったから出す。そこには何の不思議もありません。たとえこの世に自分一人しか居なくても食べればいずれうんこは出るものです。ここから次の仮説を導き出すことが可能です。


・創作意欲と他者の反響には何ら関係がない


これは意外に感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか? しかし以下の一節が意味をなさないことはどなたにもお分かりになるでしょう。


・「多くの方々に賞賛された結果、私は小説を書き始めた」


最初の一作を創作した理由が誰かからの反響ではなかったことはほぼ間違いないと言えるでしょう。であれば創作の動機は単なる生理的欲求だと考える他にありません。


「期待した反応が得られない」という結果は単に『公表』を止める理由でしかありません。もし「創作意欲そのものがうとましい」という場合には断食、つまり感動という栄養の摂取自体を止めるしかないでしょう。


冒頭に述べたようにこのコラムは「反応がないので書くをやめた」という方に向けて書いています。そうした方々に向けて、まずはご自身の行為をより正確に、以下のように捉え直すことを提案したいと思います。


・「期待していたような反応が得られないので公表を見送ることにした」


発表しない。反応がないという問題に対する本来の解決方法はこうなるはずです。創作活動とは脳の生理的欲求ですから、もし本当に書くことそれ自体を止めるためには断食、つまり脳の栄養摂取そのものを止める必要があるでしょう。

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