その指先に、火を灯す。
朝乃日和
その指先に、火を灯す。
私は、殺し屋。
指先に火を灯す、それが私の能力だ。
だけど人を殺すには、銃さえあれば十分だ。
もしも誰かが私のチカラを知ったなら、きっとこう言うだろう。
「現代社会で、こんなチカラは役に立たない」
今日の獲物は、とある事業家。
法の穴を突くのが上手いと、裏の社会では有名だ。
詐欺にも近い手口を用い、買った恨みは数知れない。
依頼が来たのは、今朝のこと。
ついに一人の被害者が、私の元に駆け込んできた。
私は依頼を断らない。
前金だけを受け取って、私はさっそく街に出た。
手元にあった資料によると、このターゲットは心配性だ。
警備や防犯設備にも、多額の投資をしているという。
自宅に忍び込めるとは、とてもじゃないが思えなかった。
指先に火を灯し、煙草の先に火をつける。
空は灰色に曇っていた。私は少し、足を速めた。
目的地は公民館。
ターゲットとなる事業家が、講演会をしているはずだ。
一般人を装って、会場へと潜入する。
ステージの上に立つ彼は、今をときめく事業家だ。
会場のいたるところでは、スタッフが目を光らせている。
ここから撃ち殺すこともできるが、逃げ切ることはできないだろう。
聞くに堪えない講演は、二時間ほどで終了した。
ターゲットの事業家は、すぐに壇上から姿を消した。
私は会場を飛び出すと、急いで裏口に回りこむ。
そこではちょうどターゲットが、迎えの車に乗ろうとしていた。
彼の傍には数人のボディーガードが付き添っている。
手を出す隙など、ありはしない。だが、それで構わない。
「すいません。サインを頂けないでしょうか」
大声を出し、注意を引く。
「すまないね、次の予定が迫っていてね」
ターゲットは、キザな仕草で振り向いた。
人差し指を左右に振って、チッチッチッとジェスチャーをする。
「そうですか、無理を言ってすみません」
その指先を見つめると、私はすぐに踵を返す。
仕込みはすでに完了した。もう、何もする必要はない。
私はのんびり帰宅しながら、依頼主に電話をかける。
その内容は、成功報酬の催促だ。
電話の向こうで戸惑う声が聞こえたが、私は軽く笑い飛ばす。
「そんなに気になるのなら、明日のニュースを見てみなよ」
からりと晴れた、翌日の朝。
壊れかけのラジオが、ノイズ交じりの音を吐く。
「昨夜未明、――――で火災が発生しました」
「発火の原因は、現在調査中であり――」
「焼け跡からは、一人の男性の遺体が――」
「男性は、この住宅に住む――――さんと思われ――」
「――は事業家としても有名で、近年はバラエティー番組にも出演し――」
どうやらうまくいったようだ。私は、獲物を逃がさない。
私は、殺し屋。
指先に火を灯す、それが私の能力だ。
確かに人を殺すには、銃さえあれば十分だ。
だけど暗殺ともなれば、また話は変わってくる。
そう、私のチカラは『指先に火を灯す』のだ。
私が火を灯すのは、この指だけとは限らない。
獲物がどんなに身を守ろうと、この私には関係ない。
いちど指さえ見つめてしまえば、ただそれだけでおしまいだ。
あとは自宅で酒でも飲んで、夜が更けるのをじっと待つ。
獲物が眠りに落ちたころ、その指先に、火を灯す。
その指先に、火を灯す。 朝乃日和 @asanono
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