迷いじゃないさ

湯煙

第1話 


 さとしと出会ったのは、六本木の金曜深夜だった。

 地下鉄の出入り口そばで立っていた、百六十センチくらいのモスグリーンのスーツを着た可愛い女の子をナンパしたはずだったんだ。


 ホテルに入りシャワーを浴び、これからの時間を楽しもうとガウンを着て、シャワールームから出た。そこで俺が目にしたのは綺麗に化粧した男の裸だった。


 「騙すつもりはなかったんだ。でも、嬉しくて……」


 さとしはやや茶色がかった瞳で、申し訳なさそうに上目遣いで


 「シャワー浴びたら出て行くよ。ごめん」


 と謝った。


 一瞬唖然としたけど、嫌な気持ちにはならなかった。

 白い肌のほっそりとした身体が艶めかしく、腕も指も細くて、喉仏と男性自身がなければ女のようだったからかもしれない。

 

 「朝まで居ていいけど、理由わけを話してくれるか? 」


 さとしは、二十歳のニューハーフで、今日はバイト帰りに俺に声をかけられたという。俺はさとしの好みだったらしく、嬉しくてつい説明せずについてきた。でもいざとなると申し訳ないと思ったんだと。


 その夜、俺はさとしと一つのベッドでただ並んで寝たよ。

 さとしは、ごめんねと何度も謝ってきた。

 さとしから漂う香りに欲情している自分を感じて眠れなかったんで、誤魔化すようにさとしの身の上話を聞いたのさ。


 さとしの性愛のターゲットは男性。


 話を聞いているうちに、性同一性障害という言葉が気に入らなくて「性的多様性」と言い換えさせたよ。


 だって、そうだろ?

 さとしのようなタイプは少数だからって障害と呼ばれるのはおかしいと思ったんだ。 


 そしたらさとしは嬉しそうに一言つぶやいたよ。


 「ありがとう」


 低い声の女の声みたいでゾクッとしたな。


 俺達は朝まで話し合って、とりあえず友人として付き合ってみることにしたんだ。俺はさとしを気に入ったし、さとしも俺がそばにいてくれると嬉しいと言ってくれた。


 これから俺とさとしがどうなるかは判らないさ。でも、さとしの身近に居たいと、……仲良くなりたいって本気で思ったんだよ。


 今度の長期休暇には、さとしと手を繋いで歩けるように、どこか外国へ行こう。


 あれ?

 さとしと手を繋いで歩くつもりでいる。

 どうやら俺はどっちもいけるって初めて知ったよ。


 いいさ。

 自分の気持ちに素直になろう。

 男が二人で手を繋いでいたら、日本じゃ変な目で見られるのは避けられない。文句を言っても社会は変わらない。

 だったら、どこかの国で過ごせば良い。


 ――さとしが喜んでくれるといいな

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 迷いじゃないさ 湯煙 @jackassbark

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