クリスマスはカップル禁止になりました

卯堂 成隆

そのフレンチレストラン、カップル禁止につき。

 【お知らせ】

 御来店いただいたお客様には大変申し訳ありませんが、当店の独身スタッフ及び、お一人で来られたお客様への配慮として、12月24日はカップルのご入店をお断りさせていただきます。



 表にかけられた看板を見て、訪れたカップルが不満げな声を上げた。

「えぇー!? せっかく来たのに入れないの?」

「ちっ、しょうがないから別の店に行こう」

「やだ! もう歩きたくない!!」

 彼女がそう叫ぶのもしかたがないよね。

 昨夜から降り始めた雪は、明け方ごろに吹雪へとかわり、今も横殴りの北風と共に激しい雪が肌やコートへと激しく吹きつけている状態なのだから。

 私が彼女の立場でも、たぶん同じようなことを言うだろう。

 

「だって、店に入れないんだから仕方ないだろ?

 こんな所で文句言っていても、風邪ひくだけだぞ!!」

「そうけどさぁ……もぅ、疲れたよぉ。 コートも濡れちゃったし、寒いし……」

「くそっ、イヴだってのになんでこんな吹雪くんだよ!

 ホワイトクリスマスにも限度があるだろ!!」

 そのまま彼等は悪態をつきつつ通りの向こうに消えていった。


「うくくくく……これは罰。 そう、天罰よ。 ざまーみなさい」

 彼等の後姿を見つつ、思わずこぼれた台詞の口の悪さにに、思わずハッと我に返る。

 あ、まずい。

 仕事中なのになんて台詞を……

 それもこれも、この呪われしクリスマス・イヴのせいだ!

 そう、すべては幸せそうなカップルが悪い!!

 ……って、また口に出してた?

 よしよし、周りに誰もいないな。

 周囲を見回して誰も今の言葉を聴いていなかったことを確認し、私はホッと胸をなでおろす。


「さすがにこの天気だと、お客さん来ないなぁ」

 あらためて外を見れば、窓の向こうは吹雪を通り越して白い闇のようになっていた。

 窓に触れた吐息がガラスの表面で白く曇り、大きく育った水の粒が涙のように幾筋も滴り落ちる。

 絵に描いたような最悪のクリスマス日和だ。


 それにしても暇だな。

 今日はクリスマス・イヴだというのに、私のアルバイト先であるこのフランス料理の店には客が一人もいなかった。

 表の看板のせいでカップルがいないのはしかたがないが、私の仲間であるシングルさんたちもどうやらプチ冬眠を決め込んだらしい。


 ただ、私個人としては悪くは無いと言っておこう。

 オーナーには悪いが、バイトをするほうとしてはいろんな意味で楽でいいんだよね。

 まぁ、この展開は予想済みだったらしく、今日のバイトは私一人だ。

 厨房の方も、今日はオーナーが一人だけ。

 それでもどうにか店が回るというあたり、本日の客の入りを察して欲しい。


 しかし、こんな事して大丈夫なのだろうか?

 フレンチレストランといえば、クリスマス・イヴは客のかき入れ時である。

 カップルを来店禁止にすれば、売り上げが落ちるのは目に見えているのに。

 去年は、月の始めの段階で予約が全て埋まり、イヴの当日は地獄のような忙しさだったと記憶している。


 だが、私が売り上げを理由に反対の意見を出しても、

『だって、嫌なんだろ?』

 何でも無いような口調でそう言い放ったオーナーの笑顔に、思わず惚れてしまいそうになったのはココだけの話。

 まぁ、私のような一人者にとってはありがたいです。


 そういえば、ウチのオーナーも独り身だよね。

 背も高いし、顔もそこそこいいし、金もあって料理もできる。

 ……ついでに優しい。

 まぁ、欲を言えばもーちょっと肉をつけてくれたらとは思うけどね。

 身長が高いくせに細すぎるのよ。

 本人も、鍛えているのになかなか筋肉がつかないってぼやいていたっけ。


 それにしても、これだけの優良物件が目の前に転がっているのに、それをむざむざ見逃すとは……世間の女は何をしているのやら。

 なぜかバイト仲間の女連中も「オーナーってカッコいいよね」とは言うものの、手を出すそぶりは微塵も無い。

 実に不思議でもったいない話である。


 え、私?

 私は身の程を知っていますから。

 好みではあるけれど、自分で口説いて落とす自信はサラサラないし、逆にあんなレベルの男に言い寄られたら結婚詐欺を疑うよ。

 世の中、そんなに甘くは無いのです。

 負ける勝負ははなっから逃げるのが最上なのですよ。


 そんな事を考えていた時だった。

「お客さん、来ないね。 今日はもう締めちゃおうか?」

 厨房の陰から体半分見せて、この店のメインシェフでもあるオーナーが、そんな事を言い出した。

 うん、今日もいい声。

 バイト仲間にはいつも笑われるけど、私は彼の掠れた低い声が好きだ。


「え? いいんですか?」

 疑問形で返事を返しつつ、店内に備え付けられたねじ巻き式のアンティークの柱時計を見るが、時刻はまだ18時。

 普段なら、これからかきいれ時となる時間帯だ。


「うん。 こんな天気だし。 今年はカップルを入店禁止にしちゃったから、予約も入ってないからね」

「了解です。 じゃあ、バイト上がっていいですか?」

 まぁ、上がったところで予定も無いのが悲しいところだ。

 一人者にとってのクリスマスとは、せいぜい自宅でポテチでもつまみながら、毎年のように変わり栄えの無いクリスマス番組でも見るだけの、侘しい時間のことである。


「うん、いいけど、よかったら晩御飯に賄い食べてゆかない?

 クリスマスディナー用の食材が大量に余っちゃっているから、今からワインもあけて豪華にやっちゃおうと思ってるんだけど」

「え? いいんですか!? 食べます! 食べて帰ります!!」

 思いもかけない提案に、私は二つで頷いた。

 私がこの店にバイトとして入った理由。

 それは、このオーナーシェフの作る料理に惚れ込んだからである。


 思い起こせば3年前。

 当時、告白されたからと言う理由でなんとなく付き合っていた彼氏が、見栄を張って私を連れてきたのがこの店だった。

 メインとして出てきた"子Gigot肉のd'agneau7時間de sept煮込heuresみ"の味の衝撃は今でも忘れない。

 ……一緒に来た当時の彼氏の顔と名前はもう忘れたけどね。

 そして、帰りに従業員募集の張り紙を見つけ、その場でバイトに応募したのは良い思い出だ。

 

「じゃあ、店の後片付けよろしく。 俺は仕上げに入るから、表のツリーを店の中に入れといてくれる? あと、せっかくだから二階の窓際使っちゃおうか」

 そう告げるなり、オーナーは妙に慌しく厨房に戻ってゆく。

 もしかして火でも使っていたのかな?

 いつもなら火を使っている時は絶対に厨房から出てこないのに。


 しかし、よりによって二階の席の窓際つかうの?

 少し恥ずかしいかも。

 ましてや、今日はオーナーと二人っきりだし。


 うちのレストランは一階と二階が吹き抜け構造になっていて、二階の席は予約専用だ。

 そして二階の席の中でも、表通りを見下ろすことの出来る窓際の席はカップルに人気があるので滅多に空いていない。

 ……というか、そんな席で食べているのを誰かに見られたら、恋人同士と勘違いされないだろうか?

 そんな不安がふと脳裏をぎる。

 まぁ、この天気じゃ下の通りからこっちを見上げても、雪に邪魔されて何も見えるはずも無いか。

 それに、どうせ食べるなら、景色は綺麗なほうがいいしね。

 万が一が起きた場合でも、相手がオーナーならそれはそれで構わないか。

 少なくとも嫌いな相手ではないし。


 そんな事を考えながら、私は勇気を出してエントランスのドアノブに手をかけた。

 表においてあるクリスマス飾りを店の中に仕舞いこむためだ。

 外は粉雪の吹き荒ぶ銀世界。

 踏み出すにはちょっと勇気が必要である。


 ドアを開くと、一瞬にして視界が真っ白に染まり、むき出しの手が酷く冷たい。

 見れば、電飾をつけたクリスマスツリーはすっかり雪だるまへと変貌しており、白い雪のしたから赤や緑の電燈が不満気に点滅を繰り返している。


「君もお疲れさん。 今日は寒かったね」

 なんとなくツリーにも声をかけながら、私は電飾の電源を落とし、それからかじかんだ手に鞭打って、ツリーの表面についた雪をはたき落とす。

 そして一人で抱えるにはちょっと重たいそのツリーを、抱きかかえるようにして店の中に運び込んだ。


「悪いね。 寒かっただろう」

 私がエントランスから店の中に戻ると、なぜか行きを切らしたオーナーが、笑顔で私を出迎えつつ暖かいカフェオレを差し出してくれた。

 外があまりにも寒かったせいか、暖かなカップに触れた指がちょっぴり痛い。


 あれ、これってカフェオレじゃなくてアイリッシュコーヒーだ。

 アルコール入ってるじゃない……ま、いいか。

 仕事は終わってるんだから、このぐらい自分へのご褒美だよね。


「はふ、はふはふっ……熱っ。

 でも、あったかーい!

 あ、オーナー。 次は何します?」

 甘い飲み物を啜りながら次の仕事を探そうとすると、オーナーは微笑みながら首を横に振り。


「他の片付けは後でいいから、二階に行って席に座っていてくれる?」

「え? あ、はい」

 あれ?

 私が外のツリーを片付けていた間にオーナーがやっちゃったのかな?

 それにしても早すぎる気がするし、たしかオーナーは厨房の仕事をしていたはずだけど。


「何か……変だな」

「何かおかしなことあった?」

「い、いえ。 すいません。 後片付けまでさせちゃって!」

「気にしない。 それより、早く二階へ行って。 次の作業に移れないから」

「は、はい!」

 私はオーナーにせかされるようにして二階へと足を向ける。

 さて、どの席にしようかな?


 そんな事を考えながら二階に上がると、なぜかそこにはおいしそうな料理がホカホカと湯気を立てていた。

 あれ?

 これは……どういう事?


「今日でちょうど3年だろ? 君が俺の店に来てから」

 後ろから響く優しい声に振り向くと、オーナーがエプロンを脱ぎつつ階段を登り終えたところだった。


「実は……ウチのスタッフ連中と賭けをしていてね。 もし、今日の6時に客が誰も居ないようだったなら、こうすると決めていたんだ」

 そう告げると、オーナーは恥ずかしそうに目を反らし、顔を少し赤らめたままこう告げた。


「君が俺の料理をおいしそうな食べる姿が好きだ。

 いや、その言い方は正しくないな。

 つまり……君が……その……好きなんだ」

 え? 今、何を仰いましたか、オーナー?

 す、好き? 誰が?

 ここには私とオーナーとかいないよね?

 つ、つつ、つまり……はうっ……


 その時、私は突然目眩のような感覚を覚えた。


「だ、大丈夫?」

 彼の長い腕が伸びて、倒れこみそうになった私の体を優しく抱きとめる。

「えっ、 あっ……」

 抱きかかえられた腕と胸の感触が固い。

 生地の分厚い服を通しても伝わるその意外な逞しさに、嫌が応にも男を感じてしまう。

 彼の胸から漂う肉とハーブの香りの中に、ほんのわずかに混ざる汗ばんだ匂い。

 そのすべてが、今の私には刺激が強すぎた。


「も、もしかしなくても、こ、こ、これって告白ってやつですか?

 つまり、このカップル禁止のお知らせは、全てこのための布石だったという訳ですか!?」

 考えるだけで目眩がしてクラクラする。

 いや、これはロマンチックを通り越して馬鹿でしょ!

 告白するにも、ほかになんとでもやりようがあるし!


「馬鹿な事するなって顔だね。

 うん、自分でも馬鹿だと思ってる。

 けど、こんなことでもしないと、踏ん切りがつかなかったんだ」

 少し落ち着いてきたのか、彼は次第に饒舌になりながら、反らしていた視線を真っ直ぐ私に向けなおす。

 その目に見つめられた場所がなぜか熱い。

 視線や言葉に温度があるのなら、きっと私は一瞬で灰になってしまうだろう。


 人を好きになったことが無いわけじゃない。

 けど、こんな激しいのは今まで経験をしたことがなかった。


「君を初めて見たとき、君は俺の料理を食べて、ものすごく綺麗に笑っていたんだ。

 その時から、ずっと、君のそんな笑顔を見ていたいと思った。

 3年前に君が店に来たときから、ずっと好きだったんだ」

 思いもよらない告白に、私の頭が今にも沸騰して消し飛んでしまうのではないかという錯覚に襲われる。


 だが、私の口から毀れた言葉は、

「む、無理だよ……」

 口にしてから後悔してももう遅い。

 その自らの台詞の苦さを忘れたいかのように、私の口からはどういうわけか否定的な言葉が次から次へとあふれ出した。


「だって、私と貴方とじゃ吊り合わないよ……ごめん。 そんな風に言われても、騙されているようで怖いし、有り得なさすぎて信じられない」

 それは紛れも無い本心であるが、同時に私の中の気持ちの全てではなかった。

 ほんの少しだけそのまま素直に頷いてしまいたい自分がいて、そんな素直な私が心の中で悲鳴を上げる。

 けど……無理なのだ。

 だって、そんなの私にとって都合が良すぎるでしょ?

 だから、この告白は受けちゃだめだ。

 騙されたくないから、傷つきたくないから。


 いつからだろう? 私がこんなひねくれた女になってしまったのは。

 人を好きになるのに、こんな下らない理由をつけて逃げるようになったのは。


「……困ったな。

 俺、そんなに口がうまくないから、どうやったら君に信じてもらえるか判らない」

「……ごめんね」

 私の言葉に、オーナーは叱られた大きな犬のような顔をして項垂れてしまった。

 きっと、断られるなんて思ってもいなかったのだろう。

 私がオーナーに仄かな想いを抱いていた事は、バイト仲間でも知らない子がいなかったのだから、彼が気づいていてもおかしくは無い。


 そして、しばらく何か考えた後、彼は急に顔を上げた。


「じゃあ……」

 真っ直ぐに私の目を見るその熱を帯びた視線に、私はちょっぴり後ずさる。

 そして彼が私に告げた言葉は……


「言葉以外で口説く」

「え?」

 何ですと?

 それって、どういう意味なんでしょうか?


「俺は料理人だ。

 君が言葉を信じられないというのなら、俺は料理で君の胃袋を口説く事にするよ」

「え? えぇぇっ!? ちょっ、まって、それは……」

 や、やばい!

 それはあまりにも卑怯でしょ!?

 確かに私は花より団子だけど、花も団子も同時に攻めるってアリなの!?

 そもそも、オーナーの料理に対しては3年前からベタ惚れ状態なのに……

 

「そうと決まれば……さぁ、ディナーにしよう。 今日の料理には自信があるんだ!」

 満面の笑みを浮かべるオーナーを前に、私は敗北する未来を脳裏に浮かべつつテーブルへと引きずられて行く。

 ダメだ、勝てない。

 これは勝てない!!


 彼が満面の笑みで開封したシャンパンの音が、ライフルの狙撃音にしか聞こえなかったのは私の被害妄想というやつだろうか?


❄☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃☃❄


 次の年の冬――街にクリスマスキャンドルが流れる頃。

 とあるフレンチレストランの入り口にこんな看板が立掛けられた。


 【お知らせ】

 オーナーシェフの新婚オーラが多数のスタッフと独り身のお客様にとって致死レベルであるため、今年の12/24はお休みさせていただきます。

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クリスマスはカップル禁止になりました 卯堂 成隆 @S_Udou

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