第10話 道路と見せかけて産業レベル
道路である。
僕は土木屋であるので俗に言う都市計画なんかは関係が無く、発注に従って道路を作るだけなのであるが、それでも専門分野だ。
橋梁やダム、ビルや港湾よりずっと知識も経験もある。
ちなみに、土木工事は毎度違う物を作ることから『一品受注生産』とか『現場生産』と言われる。が、根本的には似通った部分がおおい。
道路についてはとにかく語れる事がたくさんある。
しかし、だからこそ僕はなにを話したらいいかわからなくなってしまった。
「ええと、道路についてですか?」
僕は朱面に聞き返した。問いかけがあまりに漠然としているのだ。
工法について話せばいいのか、設計速度による半径とIPの設計について語ればいいのか。
『そうだよ。道路についてだ。アサベの国とこの国の道路がどう違うか話してみなさい』
この国の道路と言っても、僕は今日初めてこの国の道を見たのだ。そして、延々と続く未舗装道しか見ていない。
それを日本の一般的な公共道と比べると、なにもかもが違う。
「それもまた、幅が広いですね」
思わず苦笑いを浮かべてしまった。
日本では農道や林道であっても主要な物は舗装をしている。市街地ならアスファルトかコンクリートで舗装をしていない道を見つける方が難しいだろう。
更に言えば道路に側溝もない。地中に排水用の暗渠を埋めていることも無いだろうから、道路の排水は考慮していないのだろう。
また、道路線形は地形に沿って蛇行し、あるいは上り下りを繰り返している。
元々は地形に沿って歩行者が踏み固めた道が正式な道になり、道幅も通行者が決めていったと思われる。
どれもこれもが日本の道とは違う。
「とりあえず、舗装ですかね」
一番無難なところから話してみる。
「舗装?」
ノークスが顔をしかめた。
今更ながら、相手が知らない言葉は一体どういう風に伝わっているのか、疑問である。
「舗装、わからないですか?」
『知っているよ。帝都の真ん中を走る栄光通りには四角く割った石が並べて敷かれている。そういうものだろう』
石畳か。まあ、舗装には違いない。僕は曖昧に頷いた。
「僕の国では、ほとんど全ての道路に舗装を施しています」
『え?』
朱面が驚いたような声をあげた。まあ、石畳を想定されればかなり事情が違うのだけど。
「舗装といってもアスファルトとかコンクリートです」
ちらりと目をやるとノークスはまだ顔をしかめている。
「ええと、アスファルトは……」
説明に詰まる。
どこから説明すればいいのだろうか。
正式にはアスファルトコンクリートといい、砕石と砂を瀝青材(コールタール)で固めた物、と説明しても大半の日本人にさえ通じない。
コンクリートならどうにかなるか。
「コンクリートというのは、砂と砂利をセメントで固めたものです」
正確にはポルトランドセメントコンクリートというのだけど、なにもかもを説明しても仕方が無いので割愛。
『煉瓦積みのようなものかね』
惜しい。それは砂利ではない。しかし、少しだけ道が見えた。
「その煉瓦積みは煉瓦と煉瓦の間になにか塗りませんか?」
『ああ、たしか漆喰を塗るはずだ』
それだ!
「それです。その漆喰で砂と小石を混ぜて固めたものがコンクリートです」
おそらく、朱面がいう漆喰は僕の考える漆喰とは別物だろう。
しかし、なにがしかの接着剤には違いなかろう。そして、広義には砂と石を接着剤で固めた物を全てコンクリートと呼ぶのだ。だから、嘘ではない。
「漆喰って、え? あんな簡単に割れそうなものを道路に敷くの?」
ノークスがいぶかしげに首をひねる。
「コンクリートは最低でも一〇センチの厚みを付けますし、何よりその下に何十センチかの砂利を敷きますから、簡単には割れませんよ」
道路表面の事を路面というのだが、その下には路盤という砕石の層が設置される。この辺りで力を分散するからコンクリート舗装は簡単に割れないのだ。
逆にコンクリート舗装はいくら厚みがあろうと路盤が吸い出しを受ければ簡単に割れてしまう。
ちなみに、吸い出しというのは、土中の構成物が水の働きで消失することをいうのだけど、一般的には設置した砂利が無くなることを指す。吸い出し自体は珍しいものではなくある日突然、道路を陥没させたりする。
「道路全部に?」
ノークスが聞く。
「ええ、道路全部にです」
「嘘だ。だってそれじゃあ、ちょっとした道路でも山のような砂利が必要になるじゃないか」
うん。確かに。まったくもってその通り。だから僕らは工事の度に山のような砂利を持ってきて埋めるのだ。
現代日本では、一般的には石材やコンクリートを砕いて利用する砕石を使用する。
が、あるじゃない、
「砂利は下流の河原から採取すればいくらでも採れます」
おおいに生態系を乱すけども、日本でもかつては河砂利を大量に採取していた。高度経済成長の途中まで、それは当たり前のことだった。
砂利の採取、運搬そのものが経済の一端を担っていたこともある。
なんせ、特殊な技能も教養も要らないのだ。
建設作業員の他に現地の子供や主婦、農閑期の出稼ぎ労働者やヤクザまでが従事し、日本中の河原から砂利を拾い集め、開発の最前線に投入した。
もっとも、大型ダンプや重機、ベルトコンベア、あるいは鉄道がなければどれ程の砂利も運ぶことは出来ないだろう。
現にノークスは疑いの眼差しをこちらに向けている。
ふと、ピストンエンジンの存在について言及しようと思ったが、わかりやすく説明出来るほど僕に知識が無いので諦めた。
併せて、油圧の仕組みについても今の段階での言及を避けた。
『君の国では、アレかね。そのように途方もない労力を負担できる組織を養えるほど人口が多いのかい?』
朱面が想定しているのは人力施工なのだろう。確かに、土木工事を人力で行うと今の数千倍は人員が必要になるだろうし、そうなると作業員を養うための給金を負担する国民の数が膨大でないと成り立たない。
「人は多いですが、おそらく考えている状況と違いますよ。僕たちの国では生産力が高いんです」
『それは、例えば麦が一年で四回収穫できるとか、そのような事かね?』
この様な会話で、およそ彼らの帝国の技術水準がわかってきた。
国の主要産業が工業製品の製造であれば、生産力に対して農産品は出づらい。
「そういうことでもあるんですけど。少しだけ質問をします。マズかったら答えないでください。お二人は工場ってわかりますか?」
一般的には個人で製品を作成する家内制手工業から工場制手工業、工場制機械工業にシフトしてきた人類の産業であるが、人類史上の大部分は家内制手工業だった。親方と配下の職人制といえばわかりやすいか。
ちなみに、工場が発達し、個人辺りの生産量が爆発的に伸びたのが俗に言う産業革命であったわけだが、世界はその前後で大きく様相が変わっている。
ノークスの表情を見れば、この世界は産業革命以前か、少なくともこの帝国にはその余波が来ていないものと考えられる。
『工場とはなにかね?』
「効率的に製品を生産する為の施設です。一般的には、十分に設備を整えた中で分業体制を敷き、どんどん製品を生産していきます。そうすると、熟練者が一人か、少数の助手を使って製品を生産するよりもずっと早く、大量に製品が生産できます」
そうして、大量生産の時代と共に人類の雇用労働は本格化し、雇用者と被雇用者は労使間で対立して行くことになる。
また、基礎教養の必須化、人権意識の醸造も促すはずだ。
「製品って、具体的にはなにさ?」
「繊維、布、鍋、釜、武器とか食料、あるいはそれらの素材ですね」
繊維を生産する軽工業から発展して金属を扱う重工業に進むのが普通であるが、それもまた環境汚染などの様々な問題を生み出す。
僕は馬車の椅子を軽く叩いてみる。
「この馬車だって、工場で作った方が楽でしょうね」
ただし、労働に従事する者は長時間、激しい労役に拘束される上に自分が担当する一工程以外はなんのスキルも積み上げられないので、ある意味では苦しくなるのだろうが。
『ほう。どうするのかな』
「たとえば、製材所に必要な板の寸法を伝えて届けて貰います。多分、一箇所じゃ無理でしょうから複数の製材所にそれぞれ横板、底板などの注文を分けることになるかと。それから、車輪も規格を伝えて納品して貰った方がいいですね」
余談だが、規格という考え方そのものがかなり新しい概念である。
昔は、ネジであっても必要に応じて生産していたのだ。
「で、荷車工場では納品された板を元に横板を組む人と底板を組む人、車輪部を作る人、それぞれを一箇所に集める人を用意して作業にあたらせます。最後に、全部を組み立てる人が仕上げを行えば完成。後はひたすら同じ事を繰り返すばかりで……」
「馬鹿馬鹿しい」
ノークスが吐き捨てる。
「それじゃ馬車しか作れないじゃないか」
その言葉に、僕は面食らった。
「ええ、と。その通りですよ」
実際は、設計図面さえ引き直せばかなりの範囲の木工製品が作れるだろうが、そういう話ではないのだろう。若干、力が抜けたことは否めないが頭の中でどうにか言葉を練る。
「馬車しか作れない。だけど馬車を普通よりずっと短期間で安価に大量に作れる。これが大事なんですよ」
一度、発生した工場制工業はよほどの事情を除いて他の同業者を駆逐する。それほどに生産力に違いを生む。
「そして、僕の仕事上重要な問題なんですけど、工場に材料を運び込むのと、完成した製品を市場まで運ぶのには道が必要になります。それもたくさん。だから僕たちのような土木屋が道路開設に携わっているし、より効率的な運送を求めて道路は舗装がされていくわけです」
そうして話が道路に帰ってきた。
そもそもは水運が、とか初期は鉄道が、と言った話はとりあえず棚上げだ。
土木工事見積譚 現場は異世界です。 イワトオ @doboku
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