終章 小夜時雨
10日目 出日和
梅雨が終わり、気持ちのいい暑さの夏が訪れた。
生きてきた中で、梅雨って雨がどれくらい多いとか考えたこともなく、何となく雨が続くくらいにしか思っていなかったが、好きな人に毎日会える所から、週に一度会えるか会えないかを考えると、梅雨ってすごいんだなと思った。
夏に入った所だが、夜はまだ、涼しさを残してくれている。
私は、将来の夢を決意した。その職業は思ったよりも学が必要な事に気付いたからには、今から勉強に励まないといけない。
細かい、ミストの様な雨、が降り始めた。
これは勉強したぞ、細雨っていう名前だ。
日も落ち始めて、気付けば外は真っ暗だ。
「夜に降る雨は、なんて名前だっけな。」勉強の成果をいかせないまま、帰路に付こうとしていたが、少し屋上を覗いた。
「—かおりちゃん。」この優しい笑顔が本当に好きだ。
「今日は、遅くまで残っていたんだね。」学が必要だから。幸い図書館にはたくさんの過去問があったのだ。
「私、将来の夢が見つかったんですよ。」なんとなく、就活をする中で、給与や休日を考慮しながら、内定をもらった企業へ就職して、将来が決まると考えていたから、自分からなりたい職業が見つかったのが嬉しかった。
「へえ、何に決めたの?」こういう時に女の子はすぐに答えを言いたくないものらしい。
「なんでしょう。」精一杯かわいい笑顔を想像しながらそう答えた。
「日本語の表現って素晴らしいんですよ。」
「雨にもたくさんの言い方があって、例えば、夜に降る雨は、えっと…」さっき勉強したのに出てこない。
「小夜時雨。さ、よ、し、ぐ、れ。」いたずらな表情でそう答えられた。
「それ!そーです。それです。」勝負に負けた気持ちになった。
「かおりちゃんがそう思ってくれてるとは、嬉しいな。」
「僕も好きだよ。一言で雨、じゃなくて、もっと適切な今日の雨はなになにだ!って言いたいよね。」私も嬉しい気持ちになっていた。
「かおりちゃんは、学者にでもなるの?」さすがに、そこまでの学はない。
「私は、天気予報士になろうと思うんです。」
「例えば、毎日の天気をきっちりと予想するだけじゃなくて、もっと表現をしたんです。」
「今日は、雨です。ってテレビから言われても、傘を持っていこうとか、ちょっと嫌だなくらいに思ってたんです。」
「けど、私は、雨が大好きになった。同じ様に、雨は雨でもちょっとでも、降り方とか、名称とか、そういう素敵な部分に気づいてほしいと思ったんです。」自分の将来を熱く語る日がくると思わなかった。
「素敵だね。とっても素敵だよ。精一杯応援するよ。」自然と笑みがこぼれて、嬉しい気持ちを抑えれなかった。
「かおりちゃん。出日和って知ってる?」日和の勉強はまだしてなかった。
「で、でびより?」
「そう、出日和。旅立ちにぴったりの天気の事なんだ。」私は、何となく旅立ちというフレーズに胸がざわついた。
「分からないけど、なんとなく僕はこのままじゃない気がするんだ。」
「きっと、行かないといけない所へ行く時が近づいてる気がするんだ。」
いやだ。わかっているけど、全力で否定したくなった。いやだ。いやだ。
「どうか、その時が来たら、今日みたいな、細雨の小夜時雨が出日和だよ。」優しい笑顔だ。
お願いだからそんな顔をしないで、私は分かってるけど、あなたともっと話したい。
私の頑張る姿を見てほしい。
あなたの知らない表現で、素敵な言葉で、雨を伝えてあげたい。
私は、必死に誰かにお願いしていた。
—いづかたに 秋のゆくらん我が宿に こよひばかりの雨やどりせよ
季節が変わる毎に、あなたの事を思い出します。
—かきくらし 時雨るる空をながめつつ 思ひこそやれ神なびの森
こんな小夜時雨には、あなたの事を思い出します。
—ねになきて ひちにしかども春雨に ぬれにし袖ととはばこたへむ
私は、あれから泣いてません。雨に打たれただけです。
「ありがとう。かおり。」
小春日和の今日、どこかそんな声が聞こえた気がした。
雨の日に逝ってきます。 さいか @antie
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