シャドウフッズ・エンド

 目がいた。

 馴染みぶかい寝床の感触と、ゆうゆうと巡る三枚羽根のファン。

 ぷしゅうかちこちという時計の音が聞こえる。

 気泡だらけの硝子窓から差し込むぼやけた光が目を打つ。


 光。


 閃光・ケイトの金髪・銀の軌跡・引き裂かれた左肩・グラント。


「グラント」


 ボトムズ・ハインウェイは叫んだ。

 ラギッドの実際的な権力者、ゴードン・ハンスコムの養子――グラント。そして、南北戦争の猛将の名を冠する彼が企てた”ラギッド崩し”。

 それがボトムズたちによって阻まれてから、実に三日ぶりの目覚めだった。

 熱い。布団を被せてもらっていたせいか、熱が篭っている。傷がじくじくとボトムズを炙っていた。体の感覚も鈍い。もう何日かはこうしていないといけないかも知れない。

 寝転がったまま、横を向く。

 ケイトが寝息を立てながら椅子に座っていた。

 いつも馬の尻尾みたいに結っている金髪は、今ははらりと解かれている。

 生きている。彼女が。

 は、と口の端から吐息が漏れ出た。

 安酒の気泡みたいに、とめどなく湧いてくる喜びを抑え切れなかった。ボトムズは彼女の頭を撫でるために身を起こそうとする。

 腹筋を使い上体を何とか布団から引っ張り出し、左腕で躯を支えて、


 崩れ落ちた。


(あれ)

 少しの間、何が起こったのかわからなかった。

 夜は明けたのに、まだ暗闇にいる――そんな心持ちだ。

 もう一度左腕を随意させる。

 ただの、肉だ。動かない。

 粗い布団のファブリックの手触りだけが残り、運動のリレーションはぽっかりと喪われていた。

 最初にボトムズが思ったのは――『実はグラントがまだ生きているんじゃないか』ということだった。

 レイはたしかグラントと対峙してくれていたはずだ。

 ひょっとしたら俺と一緒くたにして『解呪』が必要なたぐいの魔術をかけられたのかも知れない。しかしどうにかレイが勝って、そして解呪方法を吐かせるために、ボトムズの家を離れ尋問をグラントに実施しているのかもしれない。

 右手が震えていた。抑え、何とかもう一度体を起こす。


 なにも考えたくはなかった。

 グラントの”影”に巻き潰された脚のことも、

 もう二度と動かないであろう左腕のことも、

 ここにいっこうに現れない二人のことも、

 そして自分が怒りに任せて親友グラントを殺そうとしていたことも、だ。


 今はもう寒い。喉に唾液がへばりついていて、上手く息ができない。

 今更、全身がひどく痛んでいるのにも気がついた――特に左肩だ。

 震えはもう止められなかった。

 世界ラギッドはたった一日でボトムズを置き去り変ってしまった。

 おんぼろの風車でも、廻り始めたらそれはもう元の形にはけして還らない。

 ボトムズの日々は喪われていた。

 不意に、意味ありげに重く木の扉が開く音がする。二日間で聞きなれた、蹄鉄が床を叩くソリッドな響きと共に、レイがひょっこりと顔を出す。

「おはよう、ボトムズ」

 そうか。グラントは死んだのだ。


 気絶したボトムズが次に目覚めたのはその日の夕方だった。部屋には誰もいなかったが、湯気をたてている鍋がボトムズのベッドのすぐそばの机におかれていた。トマトのいいにおいが彼に生と食を思いださせる。

 しばらく、寝起きの茫洋とした感覚に身を任せながら、ケイジャン風のトマトスープをすすった。俺はどうすれば良かったんだろう。

 やはりグラントと手を組み――老人たちを事故に見せかけて皆殺したほうが良かったのだろうか。いや、そうに決まっている。

 ダニーも、クレイも、若者たちはみな死なずに済み、ラギッドも生き返らせることが出来ただろう。ふいに――何も見通せなかった自らの両目を抉り出し、そのままどこかに去りたいという衝動に駆られた。

 なにが魔術だ。

 なにが『ハロー、俺はここにいる』だ。

 病的な無力感が、夜の泉のようにゆっくりと自身を浸していくのがわかった。

 ケイトはどこだろう。会いたい。会いたくない。

 

 ケイトは昔、やつらにレイプされた。

 自然なことだ。雑貨屋だけでは立ち行かず、このままごとみたいな街で娼婦の真似事を――なかば強制的に――させられていた。老人たちが握っている『金庫の鍵』がなければ蒸気の送圧も資金の供出も止められてしまうからだ。

 ボトムズはそれに気づき、拳銃を取り、そして老人たちを撃ち殺そうとした。

 思い返せば、あれも――最終的にはグラントが手を下したのだ。

『ベティが望むんならおいらがやる。おいらが、全部やるから』

 グラントは、ボトムズが気絶した老人たちを山の穴ぐらに放り込む所を見て、そう搾り出すように言った。

 そして彼はやった。全てを手際よく行った。

 スナイドルは最低の魂たちを吹き飛ばし、神の御許へと送っていった。

 しかし。この二年間可能性から目を逸らしていたが、グラントは――出来たはずだ。なぜ”影”の力でこの街を乗っ取らなかったのだろう。

 なぜ長い付き合いであるはずのケイトを助けなかったのだろう。

 近くに待ち構えた答えに触れないまま、ボトムズはケイトの名を呼ぶ。

 深い、真空のような恐怖。ねじられ骨が突き出た両の脚、命がまるごと流れ染み込むような感覚。自分が生死のあわいに居て、そして世界から見放されていたということ。それらがやっと実感をもってボトムズのからだに纏わりついてきた。

 彼女の、すこし筋張った暖かい働き者の右手で、動かない左手を握って欲しかった。

 ぼろぼろになりそうな時間の中で、やさしく抱き留めて欲しかった。

 ボトムズは布団を被り、誰の声も届かない暗闇ですすり泣き始めた。

 彼はどこにもいけない。


「ベティ」


 少なくとも、今はまだ。          


           +


 レイはケイトのゼネラル・ストアにいた。

 グラントとの攻防の際、彼女の店の壁やら蒸気圧着機やらを木っ端微塵に吹き飛ばしてしまっていたため、片付けを買って出たのだ。

「バレットさん」

「や、トンプソン嬢。ボトムズの具合はどうだい? おれが顔を合わせたら目を回してぶっ倒れちまった──悪いことをした。グラントをやったのもそうだが」

 レイは首もとのゴーグルを弄りながら尋ねる。

「......あのままグラントがやりたいようにしてたら、きっと私たちも、お爺さんたちも、この街も、死ぬよりひどい目に遭ってたわ。どのみち終わりが早いか遅いかくらいの違いでしかなかったでしょうけど、それでも私は二人といたかった」

「だったらなおさら上の奴等は別にくたばったって構わないだろう。ボトムズがうわ言でぶつぶつ言ってるのを聞いたが、お前さんも老いぼれどもに便器にされたんだろ。ここは肥溜めみたいな穴ぐらだな」

 ケイトは下を向いた。それから壊れた自分の店を見た。ボトムズたちと一緒に食を囲んだ丸い木机は倒れ、乾いた砂埃にまみれている。風の音は死人のうめきのようだった。

「ベティはね。私のために本気で怒ってくれたの。それだけで良い。それだけで私は、神様なんて要らないような気持ちになるんだ。私が今まで、無理にでもこの街を抜け出そうとしなかったのは──」

 そういって彼女は口をつぐんだ。ケイトのアンモライトの瞳は暗い。グラントと同じ、太陽の黒点のような闇を湛えていた。

 アレクサンダ。

 ベルベット・サーストン。

 ウィリアム。

 マイヤーズ。

 グラント。

 ──あのひと。

 何かを台無しにしようとする人間にも、何かを守ろうとする人間にも、等しく瞳に宿る暗闇がある。それらは戦場の砲火が煌めく夜空にも似る。

「トンプソン嬢」

「なぁに、バレットさん。あばずれだなんて言わないでよね」

「言うものか。仕方がないよ、お前さんも何かに酔わなきゃやってられなかったんだろう」

 レイは割れた酒瓶を拾い、すこし眺めてから足元の木箱に捨てる。

「ボトムズと一緒にラギッドを出ると良い。もう鳥籠なんてどこにもないんだから。あいつにはお前さんが必要だ。お前さんにもあいつが必要だ」

 ケイトは空へと顔をあげた。切り立ったアンブラ・リッジにひるがえる風はやみ、どこからか鳥が高く鳴く声が聞こえる。

 誰も、何にも、縛られてはいない。

 レイはまだ生きていた井戸から水を汲み、義手の水筒に入れ始めた。余剰蒸気が空を濡らす。

「おれはグラントの埋葬に行ってくるよ。お前さんはボトムズの側にいてやれ」

「あなたは──、あなたはどこに行くの」

「どこだろうな」

 レイはそう呟いて義手のリヴォルヴァ、その底部のローディングゲートをスライドした。

 そして足元の木箱に突き立てられていたグラントのピッケルを左手に取る。

発射ファイア

 義手から蒸気がちいさく噴き出す音とともに、つるはしを補強していた筒のような鉄材が緩んだ。

「やっぱり力尽くに限るな」

「なにをしたの?」

「ああ──実は、このピッケルをボトムズに渡せってグラントから最後に頼まれたんだ。なんで、魔術陥穽マギウストラッパが仕込まれてないか確認しようと思ってな」

 魔術陥穽――要は罠だ。金属や水分に滞留させた魔力をすこしずつ消費することで術式を簡易的に起動アクティベイトさせ続けておくという、いんきちみたいな設計骨子だが、実際南北戦争では捕虜やダミーの金品に仕掛けられた魔術陥穽で大量の死者が出た。1876年の現在ではカロライナ条約によって施工及び設計は禁止されているもの、業務量の激増とのリスクを勘案してMOA、執行部ですらも自衛や防犯目的の市井での使用ならば黙認するありさまである。

 いわんや、フロンティアの前線においては野ざらしの死体を見つけたら魔術師以外は避けて通るのがならわしだった――誰もが善人を裁くこと以外は役立たずな連邦裁判所フェデラルコートに殉じたくはなかった。

 起動させた途端に相手の血液の流れを逆流させたり相手の眼球を爆弾に変えたりするような魔術なんてのもあるにはあると呟きながら、レイはピッケルをがちゃがちゃいじくる。

「でもまあ、このピッケルは大丈夫だよ。そもそもとして魔術陥穽を張れる魔術士なんてそうそうフリーランスにいるものじゃない」

 これは嘘でもあり真実でもある。

 レイからしてみればグラントは下手なMOA職員よりもよほど遣い手だったのだ。

 ......昨晩、グラントが語った今までのラギッドの状況を勘案すると、ハンスコムはほぼ確実に大規模な魔術的組織(もちろんとびきり違法でとびきり危険なやつだ)とコネクションがある。

 レイはしばらく自分の身の振り方を考えたが、けれど結局はグラントの言葉に従うことにした。なんのことはない。

 それが、あのひとの。

 レイの師、グリッタ・バレットの生きた道だったろうから。


                  +


「ラギッドを出ましょう」

 ケイトはボトムズに自分の乳房を触らせながら呟いた。

 やわらかな光がはっとするほど美しい金髪を撫でる。

「私がなんでもして稼いでやるわ。あなたのねぐらのアイルランドに行ってもよさそうね......ちょっと、聞いてる?」

「殺してくれ」

 ケイトは手の付けられていないトマトスープをみた。山道は依然土砂で塞がれていて、食糧の輸送はしばらく期待できそうになかったが――若者たちをそもそもレイが皆殺していたので、結果的に食糧の心配はせずにすみそうだった。

「金庫の番号のメモは写真立ての中に隠してあるから、君だけでここを出てくれ」

「引っぱたくわよ。ねえ、ご飯。食べて。ベティさんいつも美味しそうに食べてくれるじゃない」

「実際美味しかったんだよ。でも上手く食べられなくなってしまったんだ」

 ボトムズはひかえめに言った。

「左腕と右脚の感覚がないんだ。多分もうずっと動かない」

 そしてきみにまた仕事をさせなきゃならない――そこまで言い掛けたところでボトムズはこれ以上この問題について考えるのをやめた。

 ケイトが三日月のように微笑んでいたからだ。

 彼女が「自分が便器にされている」とぽろりとボトムズに打ち明けたときもこんな表情をしていた。人生からうっかり取り落としてしまったといった具合のその告白に、じぶんは何を返せただろうかと思う。

 腐りきった老人たちはいなくなった。だがダニーやクレイたちもいなくなり、さらにはグラントも去ってしまった。この街にいるのは搾りカスみたいな人間ばかりだった。だからボトムズにはケイトがなぜ笑っているのか全く解らなかった。

「いいのよ。私が食べさせるから――ねえ。バレットさんが、あなたにこれを渡してくれって」

 ケイトはすたすたと家の外に出て行き、そして帰ってきたとき、その手にはピッケルが握られていた。グラントの遺品だ。ありきたりな品のようにも見えるが、実際は術式と結合する金属加工が施されていたことをボトムズは知っている。

 かれはラギッドにいたどの時期から”陰影”の魔術を手にしていたのだろう?

 すこし考えをめぐらせ、ボトムズは『万華鏡』を起動させた。

 フォーカスを内部の構造を透過するレイヤーにセットする。

 そのままピッケルを凝らし見たが、そこには紙片や金属片やメッセージが仕込まれているような痕跡は見受けられなかった。つるはしの内部に線条のような細かいひび割れが走っているということが知れただけだ。恐らくレイの蹄鉄の踵落としを受けた際にできたものだろう。

 ふかい失望がボトムズを襲う。

 グラントのことを、未だに何も理解できていないという病んだ思いだ。

 だが。

 影だ――そう、影。

 固有の魔術を形作る原型形質。魔術根拠と呼ばれるそれは、術者自身の原初的かつ生得的な心象が反映される。それは神話や民話などにしばしば登場する偉大なる母グランドマザー老賢者ジュデムアンク、そしてシャドウなどの形をとることもあるし、直截的なものでいうならば、『オレがガキのころに偶然目撃した流れ者同士の決闘』的な――いわゆる疑・PTSD的な体験でもかまわない。

 そうした自身の人生における指針を多かれ少なかれ左右するような、決定的体験クリティカル・エクスペリエンスこそが魔術根拠となるのだ。

 そして、自身の根拠への認識と真の心象の齟齬が限りなくゼロに近付いたとき、人は初めて魔導の上位概念である”魔術”に手が届く。

 ボトムズの魔術根拠は『風車』だが、グラントのは恐らく『影』だろう。

 自覚的であったにせよそうでないにせよ、グラントは何らかのメッセージを発していた。ボトムズはもう一度だけ、魔術を起動する。

(オートフォーカス、オートアイリス......グリーン。トーンカーブを80度に設定、コントラストを極影化。簡易術式『万華鏡』カレイドスコープ起動)

 ピッケルを陽光の差す窓際に捧げ持ち、そして調、線状のひびを注視する。


 最初は錯覚を疑った。

 だが、次第に、ひびが落とす影が、

『ネブラスカ念信テレグラフ・#ceee:2367。モチラは620番』

 というレリーフをとっているのを、ボトムズはモノクロの視界の中で見たのだ。

 この街にグラント以外の魔術師は一人ボトムズしかいない。

 だからこれは親友のダイイングメッセージなのだ。


 ボトムズたちはMOAの友人、”ブレーカー”ジョンに念信を送り、ネブラスカのポニー・エクスプレス(開拓時代の駅伝郵便。馬をつかった郵便業務に加え魔力記号通信、通称念信の管理もしている)にある620番の小包モチラを持ってラギッドに赴くよう言付けた。同時にネブラスカ念信に「#ceee:2367の念信をサウスダコタ準州、SD367 ラギッド・マインに送って下さい」という旨のメッセージを送った。

 レイもハンスコムも老人たちもいっこうに姿を見せなかったが、時折上層区画のほうから銃声が聞こえた。その響きは南北戦争でよく使われていた旧式の単発エンフィールド銃――ハンスコムの家にあったものによく似ていた。

 念信は一日後に着いた。

 ボトムズとケイトは家の念新機から吐き出される紙束をすぐさま拾い集め、内容をあらためた。


『拝啓:ボトムズ・ハインウェイ

 ハロー、ベティ。ケイトもいるかな。個人宛の念信料金は馬鹿にならなかったけど、この念信の封が切られてるってことは、おいらの5ドルは残念ながら無駄にならなかったってことだね。この念信は合衆国憲法に誓ってきみとおいらの間だけでやり取りされている。それに郵便局の職員とも色々話し合っておいたから、後でMOAあたりが強制捜査に踏み切っても、美味しいビーフシチューの作り方を見つけられるだけだと思うよ。

 さて。おいらは多分死んじゃってるわけだけど、きみはまあ色々聞きたいことがあると思う。だからまあ、なんでこんなことをしたのかって疑問の答えについては、嫌気が差したからだとだけ答えておくよ。想像してみてほしい。おんぼろ鉱山街のおんぼろ騎士としてやることといえば人殺しと護衛だけだ。本当はきみのこともいつか殺せって言われてたけど、笑っちゃうよね。いくら育ての親だっていってもあそこまでただ働きすることになるとは思わなかった――別に報酬の分け前で売春宿に行ってもぜんぜん天国なんて見れやしなかった。

 だからラギッドを乗っ取ることにしたんだけど、何らかの理由でおいらは失敗したんだろう。そうなるとボトムズ、きみには二つの選択肢が遺されていることになる。まず一つはラギッドに残って爺さんたちの機嫌をとりながら生きていくこと。もう一つは――これはきみにとっても嫌な決断になるだろうけど――ラギッドを出て、MOAに復職することだ。

 地工兵科に有能な人材が足りていない。きみならすぐさま飯の種にありつける。


 きみだけに言う。

 もうすぐこの国をステーキの肉みたいにぶっ叩く、でかい抗争が始まる。

『ドクター』とそいつを追うやつらに気をつけろ。

 俺の魔術を君にやる。必要な道具は小包に同封してある。それで力をつけるんだ。


 おいらはもう運命の輪から外れた。

 でもきみとケイトは違う。まだ生きている。きみらを生かせなかったら、の人生は最後までクズ鉄よりも意味のないものになっちまう。なあ、ベティ。ヴェルヌのタイムマシンがあったらきっとおいらは、ララミー砦のでおいらを作った親父とお袋を打ち殺してたと思う。

 この世界は闇ばかりだ。

 けれどボトムズ・ハインウェイ。きみは光になれる人間だ。

 わかってくれるだろ?

 ちなみにラギッドの隠し金庫はおいらの納屋の地下にある。

 鍵はおいらのコートの中に編みこんだから、勝手に取ってってくれ。

      

      きみの親友:ただのグラントより』


 ボトムズは人の心の光を悟った。

 瞼を腫らしながら、二人は荷物を纏めることをはじめた。さらにその翌日、レイが彼らの下に顔を見せ、ハンスコムが街の老人たちを射殺して、自身も自殺したと告げた。

「山道を塞いでた土砂は吹き飛ばしてある。グラントと爺さんたちと若いのの埋葬も済ませた。あと、これは多分お前さんのものだろう」

 レイはそう言ってボトムズに鈍く光る鍵を手渡した。

 ボトムズたちにとってかれは奇妙だがよき協力者以外のなにものでもなかった――彼らはレイにMOAブラックヒルズ支部までの護衛を依頼し、100ドルで契約は成立した。代価としてレイがボトムズに要求したのは、少年がボトムズに同じ値段で譲り渡すことになっていたアンダルシアンだった。


           +


 それからまる一週間後。

 ボトムズたちはラギッドを出る一番山道にいた。暖かい日で、サンシャイン・リッジは影を一際明瞭に赤土へと落としていた。


「なあ、ボトムズ。ハンスコムってじいさんは何がしたかったんだろうな」

「そうだな。何もしたくなかったんじゃないかな」


 ボトムズは空を仰いだ。

 そして祈った。

 選鉱機クレイドルを光の如く捧げもって深淵を歩く、おんぼろ鉱山の幽霊たちのために。


(さよなら、グラント。全て変わりなく)


 蒸騎とラギッドの全資本20000ドル、そしていくつかの家財道具をもってボトムズたちがラギッドを発ったのはそれから更に一週間経った後の、1876年6月22日のことだった。









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黒き丘に煌めきあらば カムリ @KOUKING

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