第5話 お仕事どうぞ
「ん?」
ベンチに座った悪魔が、ふと後ろを振り返った。
その気配で、使い魔も顔を出して同じように後ろを見た。
「…………………」
ミニスカを履いたサンタが無言で立っていた。
恐ろしいほどの美人が、サンタコスプレをして、分厚いファイルを両手に抱え、無表情に見下ろしているのだった。
気配を殺して接近したとしか思えない動き。まるで殺し屋である。
「うおっ」
悪魔がのけぞった。
よく見ると、顔見知りの悪魔関係者であった。
「あ」と使い魔もあわてて頭を下げる。「お疲れ様ですー」
ミニスカサンタな悪魔秘書は、無表情のまま馬鹿丁寧にお辞儀をした。
「え? なんだって? 仕事のあっせん?」
悪魔が通訳して言った。
コクコクコクコク。
どこから見てもクールな美人お姉さまキャラなのに、妙に幼い仕草である。
「仕事ねえ」
悪魔は、秘書が差し出した書類をめんどくさそうにパラパラめくった。
使い魔はそんな二人の様子を複雑な気持ちで眺めた。
使い魔だけは知っていた。
この通称・悪魔秘書さんは、本当はそうとう上位の役職であり、本来なら下っ端の連絡事務を担当をするような立場ではないのである。
なのに、なぜだかやたらとご主人さまを訪問しては、仕事を紹介してくれるのである。おまけに、自分の正体を使い魔に口止めして。
何を考えているのか不気味だった。だが、自分の主人に仕事を紹介してくれて嬉しくないはずもない。というか、この秘書からのたまの仕事でなんとか食いつないでいるのである。だから、あえてそこには触れないようにしていた。
気になるけど。
悪魔は、ベンチにふんぞり返りながら、ぞんざいな態度でファイルに目を通していた。見た目の良さゆえに、何かを真剣にじっと見る顔は、じつに美しく、サマになってた。男なのに妙な色気すら漂っていた。
ご主人さま。もうずっと黙っていればいいのに。
使い魔ハチは、ため息をつきながら、そんなことを考えつつ、悪魔の整った顔を見つめた。ふと別の視線を感じ、悪魔秘書もご主人さまをじっと見つめていることに気づいた。
使い魔は、妙にジクジクとした気持ちが、胸騒ぎのように広がっていくのを感じた。
が、それがなんなのか、上手く言葉にできなかった。
とかく理屈っぽい性格なのである。
論理的に説明のできない感情は、見て見ぬフリをするのである。
でもなんだろ。これ……。
当の悪魔は、上から下から熱い視線に挟まれていることなどまったく気にせず、列挙された名前と顔写真を斜め読みしていた。
ふと、その視線が止まった。
それまでとは打って変わった険しい顔つきで、ファイルに集中している。
チッ。
悪魔が眉間にシワを寄せて、とつぜん舌打ちした。
なにやらイラ立っているようであった。
そして、長い息を吐いて、ようやくファイルから目を離した。
目を閉じ。天を仰ぐ。
悪魔は、そばに立つ悪魔秘書を強い視線で見やり、皮肉げに笑った。
「あんたの持ってくる仕事はこんなのばっかだな」
悪魔秘書は、相変わらずの無表情。
でも使い魔には、冷たく笑っているような、優しく悲しんでいるような、不思議な表情に見えたのである。
星くずの雪 天津真崎 @taki20170319
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