第2話 打ち合わせ(シャートフとガーランド)
面会所は男性が一人きりで、それがガーランドだった。
「はじめまして、ガーランドと申すものです。このたびこちらでお世話になるということで、ご挨拶に参った次第です。以後お見知り置きを」
「いえいえ、こちらこそお世話になります。私、星室庁北陸教法務局東部出張所のシャーと申します。よろしくお願いいたします。えーっと、ちょっと、さっそくでなんなんですが、会議室をとっておきましたので、そちらでお話を伺いましょう。ここではしゃべりにくいこともあるでしょうから。――(取次ぎの者に振り返って)第二の方だったよな。――よし、では、まいりましょう」
ガーランドは、片眼鏡をかけた金髪の青年で、シャートフが見たところ、年は自分よりは一〇は若いだろう、すなわち、二〇代中盤。がっしりした体格は服の上からも確認でいるほどであったが、それは密偵ならだれもが備えているもので、目にも入らなかった。しかし、一方で、気になったのは、背筋の伸び方だった。猫背ばかりの元盗賊に慣れたシャートフには、板のようにスラッと伸びた背筋を保ったまま整然と風を切って歩く姿に、育ちの良さのようなものを想像せずにはおれなかった。彼の所作も洗練されていて、あいさつと歩き姿でそのことがわかるほどだった。物腰も柔らかい。この手の人間は胡散臭いものだが、この手の形式主義的な社交場の所作をクセにする青年にありがちな胡散臭い、世の中を見下したような要素が削がれていた。いやむしろ、そういうところが余計に胡散臭く感じられた。また、顔には微笑が絶えなかったが、これについてシャートフは「彼は近いうちに、目元に笑い皺を拵えるに違いない」と腹の中で予言したものだった。どういうわけか、彼はこの好青年をあまり好きになれなかったのである。
「こちらです。どうぞお掛けになってください。いやはや、私のような下っ端に手配できるドアつきの部屋と言えば、ここくらいしかなくてですね、少々広いですが、聞き耳を立てる者はおりません」
実際、第二会議室はかなり広かく、そして暗かった。窓はドアに一番近いものしか開かれておらず、燭台のろうそくも火がともっているのは一本だけ。部屋は細長く、裕に20人は座ることができるだろうテーブルが備えてあったが、向こう側は暗くて様子がわからなかった。概して陰気な部屋であった。
田舎の役所が持て余した大会議室を密談に使うことはよくある光景である。
「早速ですが、うちの所長の方に『ガーランドがメリッサ村についての調査に向かう』という旨の文書が、第二級の機密形で来たんですけど、これって、ガーランドさんのことでよろしかったですよね? 特に機密めいたことでもなかったので、聴いちゃいましたけど」
「ええ、そのとおりで。しかし、なぜ機密めいたことではないんですか?」
「ただの村の調査じゃないですか。こんなのここいら一体の密偵に任せた方が楽でしたよ……わざわざ王都からお越しいただかなくてもよかったのに」
「いえ、メリッサ村は『廃村』扱いにも関わらず、人が住んでいる形跡があるという話だったものですから」
シャートフは、思わず馬鹿にしたように鼻で笑ってしまった。
「私も下級官吏を十何年やっていますけど、いくらなんでも『廃村』とあるから「実際だれも住んでいないはずで、住んでいるのは異常」というのは書類万能主義というものではありませんか? 国勢調査なんて20年に一度ですから、『廃村』扱いになったのは私がこの職に就く前のことですよ。十年もたてば環境なんて何もかも変ってしまうものです」
「では、メリッサ村は『生きている』と」
「どうやらそのようですね。私も実際には足を運んでいないのですが、王都からいらっしゃるとのことだから、一応調べてはみました。人口十数人で、その全員農業従事者という典型的な村でしたね。あとは『地誌』の記述どおりですな。ただ、都の名門学校に二人も送り込んでいる。これは確かに異常ですよ」
シャートフは、二人の天才学生の存在を語っている時、ガーランドの顔をまじまじと観察していた。彼は特段驚いたようすもなく、ちょっと考え込むように顎をさわったのを認めて、やはりこちらの目的で田舎まで来たのだと思った。
「王都の名門学校か……。メリッサ村に豪農が住んでいて、王都から家庭教師を呼んで、みっちりとしごいたとか?」
「いや、そんな簡単な話ですかな。この一帯でも都に勉強に行くなんて、ほとんど事件みたいなものですよ。卒業できれば、ここら田舎では公爵のように扱われているここの所長より数段偉くなるのが決まったようなものですからね。で、気になるその原因は、我らが密偵を用いてもわからなかった。奇妙なのは、当時この一帯で入学騒ぎが話題にならなかったことと、二人とも親だとか親族についての話が見つからなかったという点ですかね」
ガーランドはため息をついて、これからどうするかを決めかねているようだった。やることと言えば一つしかないのだが。
「追加の調査を依頼してようすを見ますか?」
「あー、ここら一体を統治している何といったかな……」
「フェール伯爵」
「そうそう、フェール伯爵。年貢を毎年集めているというから、何か知っているかもしれない。話は聞いてみたんですか?」
「いや、聴いていないですよ」
「どうして?」
「もともと星室庁と地方貴族の関係は不干渉主義のようなものが前提でして、手紙を出すのもごく稀ですよ。というのは、もめ事が起こった場合に落とし所を探るのが困難なんですよ。できるだけ顔を合わしたくないんです。『協定書』があるではないかということをおっしゃるかもしれませんが、あんなもの話題に出したら、女王陛下の決裁が必要になるので、ありえないし、あってはならないと言ってもいいんですよ。ただ、現実問題として、例えば、我々は密偵業をやり、伯爵はそれを見て見ぬふり、ですな。実際の力関係で、何とかなっているようなものです。むこうも面倒はいやなんですよ。ただ、今は状況が違いましてね。ご存じの通り、もうかれこれ三年になる街道再整備事業の第二弾が始まって、王宮と地方貴族は緊張関係にあります。問題の根本は『王宮の事業だが、地方貴族も街道の恩恵を蒙るから工事の金を払え』という要求からきているのでしてね。まぁ、この手の力関係に基づく集金は実際よくあるのですが……、今回は額が半端ではないのが問題なのです。再整備計画は、もともと王都のギルド連中が余った金を流通網の再整備に投資しようという話から始まって、星室庁のある官僚が乗り気になり、旅行好きの宮様の後援を取り付けたところから急に纏まった話なのです。工事の金の支払いはたがいに半分づつ金を出しあう約束でした。しかし、一本目を作ったところで、工事業者の当初見積もりの倍の金額がかかることが判明し、ギルドは夢から覚めて手を引こうとする。まぁ、なんとか当初約束の金額を払わせることに成功したらしいのですが、宮様が関わっているだけに途中でやめるわけにはいかない、あと三本の街道を整備しなければならないということで、足りない分を地方豪族に払ってもらうしかないという算段になりました。大蔵省も、ただでさえ緊急の借金なのにこれ以上債券を発行するわけにはいかないと議会で激怒したことも併せて言っておかなければなりません。この噂は聖王国じゅうに一瞬で広まった、というわけで、今フェール伯爵を訪れる役人は、すべて理不尽な徴税役人と見なされて、爪を剥がれることでしょう。冗談です。たとえ別件であっても、絶対に接触てはならない、これは本当のことです。感情的になって猛反発されますよ」
「はー、あのはなし、そんなことになってたんですか。石畳の道路はいいんですけどねぇ……いろいろやくざなものですね」
「中央のしりぬぐいが、我々の仕事ですからね。さて、メリッサ村の神童の件はどうされますか?」
「実際に行ってみるのが一番だね」
「そうですね。馬車の手配はしておきますので、明日事務所の前までお越しください。むこうでドンパチとかやめてくださいよ」
「ハッハッハ……。大丈夫ですよ」
しかし、ガーランドの経歴を調べ尽くしていたシャートフは、強者どもの集結を想像せずにはおれなかった(問題化した時の後処理のことなど考えたくもなかった)。隠密好きの退職軍人のこの言葉を聴いてもたいして心安らかにならなかったのだった。
星室庁の黄昏 銀次 @Ginji
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