後章 After school

 エピローグなんていらない




 映研に入ってしばらくした頃、はるは前髪を切った。

 深い理由はなかったが、きっかけはあった。スルメ女子計画だ。自分を変えるためにまずは見た目から始めようと、なんとなく前髪を切った。


「何あんた? 自分で切ったの?」


 実結みゆに笑われてしまうくらい深く切り過ぎて、前髪はぱっつんとしていたけれど。


 それも気付けばすっかり伸びて、今では中学生の頃と変わらない。人目を避けるように、目を合わせないようにと、表情に陰を落とすように伸びていた前髪。


 だけど、今はあの頃と違う。


 夕日が伸ばすみんなの影を追うように、遥は校舎を出た。

 伸びた前髪の隙間から、その背中が見える。

 一人だけ出遅れたのは、トイレで顔を洗ってきたためだ。

 ふと思い立って、携帯を取り出す。画面を見ると新着のメールが一件。


ゆうちゃん……?」


 どれくらいぶりだろう、彼女からメールをもらうのは。

 もしかすると上映会の時よりも緊張しながらそれを開くと、目に入るのは端的な文章。



『来た。見た。










                                 よかった』



 思わずくすりと笑ってしまった。


 遥も以前、悠に謝罪メールを送ろうと文面に悩み、徹夜で考えても結局納得いかずに消してしまったことがある。画面を押しっぱなしにしていたら文章が消え、そのまま送らず終いだった。似たように、このスペースに悠の迷いが表れているのかもしれない。最初は普段通り淡々とつぶやいてから、最後にぼそりとデレる悠を想像するとにやけてしまう。

 それから、


「写真……かな?」


 メールには添付ファイルがあった。一瞬ウィルスでも仕込まれているのではないかと身構えてしまったが、いくらなんでもそれはない。

 ちらりと周囲に目を向けてから、遥は添付ファイルを開いた。画像が表示される。


「ぷっ――、」


 今度は思わず噴いていた。


 上から携帯で自撮りしたのだろう、頭と顔の上半分しか写っていないが――それだけでも破壊力充分の、ネコミミをつけた少女の写真。

 彼女が失敗するとは思えないし、ぶれているのは意図したものか。このネコミミはどうしたのだろう。自分で調達したのだとしたら、それもそれで面白い。

 遥は目元に浮かんだ涙を拭って、すぐに返信を書く。


『明日から、部活だからね』


 それだけだと味気ないから、なんとなく、前を歩く先輩たちの後ろ姿を写真に収めた。


「送信、と」


 それから、悠の添付写真を携帯の待ち受けにする。もし今日までの頑張りに報酬が出るのなら、この写真が一番それに相応しいと思った。


「何をにやついてんのよ、あんたは」


 部長の声に、遥は顔を上げる。前を歩く彼女はサイズの大きいジャージを羽織っていた。


「泣いたり笑ったり忙しいわね。ま、帰ったらさっきのこと思い出して悶えるといいわ」

「部長……それあんまりっすよ」

「……どちらかといえば、部長の方が悶えそうなものだがな」

「あたし、ロリ部長の濡れ透け映像、ばっちり写真に収めたわ!」

「こ、近実このみ先輩……私、これ通報した方がいいですかね……?」


 夕陽よりも赤い顔した部長が近実を追い回す光景を横目に、公広が振り返る。


「ほら、遥、置いてくぞ?」


 その背中を追いかける。


 たぶん、これからも。

 公広が言いかけていた言葉が蘇る。


 ありがとうじゃなくて、これからもよろしく。

 頼りにしてる、なんて、そんなことを言って笑う彼が想像できる。


「はい……!」


 その背中を追いかける。


 公広に、『彼女』はいないらしい。それでも〝彼女〟は公広にとって特別な存在なのだろうけれど、少なくとも、付き合っている訳ではない。

 恋愛なんて、まだよく分からないと言っていた。

 遥にもまだ、分からないけれど。

 でも、恋い焦がれる気持ちは知っている。


 だから、その背中を追いかけるのだ。


 エピローグなんていらない。

 だって映研わたしたちの――わたしの戦いは、きっとこれからだから。



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