遠き春よ

 日常の変遷というものは目まぐるしい。それまで灰色だった兎上の青春は、あの日を境に転轍機てんてつきを切り、今では遠く、東京の大学に身を置いている。何かの漫画で「王者とは上から下を見下ろすものだ」というセリフがあった気がするが、これまで全てを羨み自身を蔑み、下から上を見上げていた兎上の表情は、日に日にまっすぐと前を向く様になり、やがては見下すとは行かないまでも、正面から物事を見据えられるようになっていた。


「ふわーあ」

 欠伸と背伸びを同時にしベッドから身を起こす兎上は、スマートフォンの目覚ましを切り、ごろりとまた横になる。夢にまで見た大学生活は、やはりまた夢のようだった。それは多分、自分の懐に十分なだけのお金があるからで、大学の最寄り駅、国分寺まで繋がる高尾に居を構えた兎上は、きっと身長と見た目の所為でもっとももっと幼く見える身体を目一杯伸ばし、何一つ煩わされる必要の無い現状に安堵する。入学に際しては一種の奨学金こそ取ったけど、ソレ以外は全てがアマハラの稼ぎで事足りた。バス・トイレ別の新築マンションは一人暮らしには十分すぎるほど広く、アトリエ代わりの部屋まで用意できている。


(今日中に一枚絵を仕上げて、次の個展の準備をしよう)

 勉学のみに集中できて、ソレ以外にも手を伸ばせる環境というのは実に素晴らしい。大学に進学してからは殊更だが。画材を買うにも、賞に応募するにも、ギャラリーで個展を開くにも、人脈を広げるにも、何をするにも金が要るのだ。だから芸事に専念できている同輩は、そうでない面子より何倍も何倍も効率よく世の中を渡っていける。恐らくは兎上の場合、地味なルックスとは裏腹に、どこかしら男を誘うような仕草が、花弁の如く蜂どもを寄せ集めるだろう。知的ぶった老紳士も、芸術論をまくしたてる先輩も、誰だって牝の身体は大好きなのだから。


 自らの身体に価値がある事を知ってしまった兎上は、だから強い。量産型女子大生よろしく、個性を捨ててしまった一律の女どもと違い、ニッチな要素を十分に満たしたロリコン専用特効兵器。貧相で小柄な身体も相まって、もう暫くはJKでも通じるだろうと笑みを零し、本日のログボを受け取るべくHGOを起動する。もうこのアプリへの課金額も五十万は超えただろうか。げに世の中は楽しんだもの勝ちである。課金のネタと趣味で描いたイラストが馬鹿ウケし、昨夏出たコミケでは、サークル初参加にも関わらず完売の偉業を成し遂げたばかりだ。その折兎上はヒロインのコスプレを纏った姿で参じた訳だが、これもまた可愛いとネットで評判になり、それ目当ての客からも熱いシャッターを切られる始末だった。なるほど金になるとでも思われたのか、大手出版社からの執筆依頼があったのもつい先日。どうやら我が世の春だなあと感じずにはいられない出来事が、ここ半年の間でも立て続けに起きている。


 だが、と兎上が思うには。

 仮に自分に美術の才能があったとしても、あのままバイトと二足の草鞋で励んでいたとしたら、果たして成果の出たものだろうか。アマハラという幽世かくりよで日銭を稼ぎ、それで以て創作に集中する土壌を作れたればこその成果ではないか。大学に入ってからもそう。同人を始めるにしてもそう。出展費、出版費、コスプレ費、その他もろもろ。結局全ての始まりにお金が絡む以上、その問題に煩わされる事が無いというのは、影響にして大なりと言わざるを得なかった。――とどのつまり、かのアマハラ無しには、今の自分はあり得ないというのが、かかる兎上の導き出した結論である。


 だから引越し先も、いざとなればアマハラにアクセスできる高尾山の麓を選んだ訳だし、処女だって未だに守り通している訳だ。放課後、ならぬアフターファイブの狂宴は未だに続いているし、収入もそれなりに入ってきている。同級生には良家のお嬢様だとでも思われているらしく、その視線の中には幾分かの嫉妬が混じっている事を兎上は知っているが、ああなるほど。この視線がかつての自分だったのかと苦笑して憚らない。


 ――と、LINEが鳴り、届くのは彼からのメッセージ。

 相手は初コミケで一緒になった美大生のお兄さんだが、今では軽いおつきあいをさせて頂いている。どうやら森ガールのお姉さんがこの人を好いていたみたいだけど、彼がロリコンだったのが運の尽きだったらしい。元々好感を抱いていた兎上に彼はもうぞっこんで、だから仕方なくと言うべきか、コミケの売り子代わりに関係性を残してあげている。ちょっとでもその気を見せれば傍からでも分かるくらいに股間をそそり勃たせて、何かを期待するようにご飯でも何でも奢ってくれるのは、まあ何というか、端的に可愛らしい。


 まったくいつからこんな小悪魔になってしまったんだと自嘲げに笑みを零すが、そんな事はもうどうでもいい。定義や理屈は非リアの産物。順応し媚びへつらい、波に乗って沈まぬよう感性と惰性で生きる事こそが世の正解なのだ。それが世間の言う素直であるし、そうする事によってお金もまた付いてくる。だからそうしようと少女は頷き、感性のまま自らの股間に手を伸ばす。熱く湿ったソコが、否応なしに囁く悦楽への囁き。今日は一体アマハラで、どんなお客を相手にするのだろうと熱く想いを滾らせながら、兎上は今日も心地よい微睡みに身体を預けた。

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異世界娼館高額バイト - 地味っ娘JKの◯コキ奮闘記 - 糾縄カフク @238undieu

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