ホラー短編集

白神護

酔い列車

 Mさんはその夜、酷く酩酊していたと言います。


 午後十時をまわった頃合いでしょうか。MさんはO駅という都心の駅から列車に乗り、自宅近くのX駅を目指しました。その路線は過疎の進んだ県北の町々を繋ぐ路線で、車内には、Mさんを除いて二人の姿しかありません。


 O駅を出発して、三つ目にX駅はあります。時間にして、十分ほどでしょうか。Mさんは半ば眠ったような、夢うつつの状態で、一つ、二つと、駅を見送っていきました。駅を一つ過ぎるたびに乗客は減り、三駅目に辿りついたときには、Mさんたった一人だけが、車両の中に残っていました。


 駅到着のアナウンスらしきものが曖昧な意識の向こう側で聞こえて、Mさんは暖かい座席を離れ、ドアの前に立ちました。


 列車が停まり、ドアが開きます。Mさんはホームに降り立ち、そして違和感を抱きました。


 そこはX駅にとてもよく似た、うらぶれた無人駅だったのですが、けれど、確かにX駅ではないようなのです。列車は容赦なく困惑したMさんを置き去りにし、駅のホームには蛍光灯一本分の世界だけが取り残されました。


 降りる駅を間違えたかなとMさんは考え、ホームに張り出された時刻表を覗き込みました。


 そこには、Mさんには馴染のない路線と、駅の名前が連なっていました。


(あー……、路線を間違えたのかあ……)


 Mさんは溜息をつきつつ、折り返しの列車が来る時刻を調べようとして――。


 ――カーン、カーン、カーン、カーン。


 という、踏切の音に振り返りました。


 踏切の音はずっと遠くの、先程の列車が走り去った方から聞こえてきます。田舎の闇夜に幾つかの赤い点が明滅し、それと同時に、白く輝く、二つの瞳のような小さな光源が近づいてくるのを、Mさんは発見しました。


(お、ラッキー)


 ホームは片側、線路も一本の無人駅で、Mさんはその列車の到着を待ちました。列車は瞬く間にその影を肥大化し、甲高いブレーキ音を響かせながら、Mさんの目の前に滑り込みます。


 列車が停まり、ドアが開きます。Mさんは列車に乗り込み、ふと振り返りました。車窓からの眩い光が、ホームに張り出された時刻表を明るく照らし出しています。


『下り:9‐23』『上り:9‐01』


 十時、十一時、十二時の欄は、真っ白なままで、数字すら書き込まれていません。


 ――ドアが閉まります。


 アナウンスが響きました。アルコールに浸された脳ミソで、Mさんはただただ立ち尽くし、そしてMさんの目の前で、バタンとドアは閉まりました。




 ふと気がつくと、ドアが開いています。Mさんは何モノかに背中を押されて、ふらっと列車を降りました。そこは都心のO駅でした。Mさんは吐気でよろよろとしゃがみ込み、ふー、ふー、と、深い呼吸を繰り返しました。


 列車は既に走り出していました。Mさんはその影が見えなくなるまで、列車の背中を見つめ続け、どれほど経ってか、ゆっくりと立ち上がりました。


 腕時計を確認すると、短針が『2』を指し示しています。Mさんは酔いでよろめきながらも歩き出し、その夜はO駅近くのホテルに泊まって、朝を待ったのだそうです。




 あれは、酔いの見せた夢の中の出来事だったのでしょうか。それとも、現実的に起きた何らかの異常だったのでしょうか。


 Mさんはそのような疑問の言葉でもってこの小話を締め、そして、ぐぐいと一思いにグラスを傾け、一度で中身を空にしたのでした。

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ホラー短編集 白神護 @shirakami

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