満艦飾
狸穴醒
満艦飾
怪異に惹かれてやまぬのだけれども、いまだ出会えた
私の遭遇した一番の怪異といえば、中学生時分にクラスメイトがやっていた『こっくりさん』の十円玉が飛来して頭に直撃したことくらいである。
ほか全員がなにかいると言っても視えず、『出る』といわれる場所に同行しても出ずじまいなので、どちらかといえば私には魔除けのご利益があるらしい。
諦めきれず記憶を掘り返し、母から聞いた話を思い出した。
◆
二十世紀の終わりまで、十年と少しを残すころ。
両親と幼い私は、祖父母、叔母とともに東京麻布に住んでいた。
急激に再開発が進んだ時期で、かつての大名屋敷も含め昔の建物が取り壊されて次々と高層ビルに化けていたが、我が家の周辺の数ブロックは緑も多く、
七月の蒸し暑い夜であった。
母は二階裏手の和室の窓を開け、猫と一緒に涼んでいた。
タモリ氏の街歩き番組でも知られるとおり、たいそう坂の多い地域である。家の裏は深く落ち込む地形で、地上げの影響により空き地が点在し、野放図に伸びた庭木が繁茂して小規模な渓谷の様相を呈していた。
ふと窓の外を見た母は、奇妙なものに気づいた。
裏手の渓谷の上に、ぼんやり光りながら浮かぶものがある。
楕円形の物体だ。
物体は滑るように中空を進んで、母のいる窓の前までやってきた。
近づいてみると、楕円に見えたそれは両端のすぼまった円筒で、葉巻のかたちに似ていた。全長は五十センチに満たぬほど。
形状は飛行船のようである。当時は広告を横腹にはりつけた飛行船が、日夜を問わずよく飛んでいた。しかし、それにしてはサイズが小さい。
その葉巻型物体の表面は、豆電球のようなもので隙間なく覆われていたという。
電球は呼吸する速度で、点いたり消えたりを繰り返していた。
濃い緑が香る、夏の宵闇のなか。
電飾を満載した超小型の飛行船もどきが、ゆっくり明滅しながら、しずしずと、ゆるゆると、飛んでいるのだった。
母はしばし、見
やがて我に返って家族を呼びに行ったときには、光る物体はいずこかへ飛び去ったあとであった。
「お父さんやあんたにも見せたかったわ。すごくきれいだったのよ」
のちに母はそう語った。
◆
かの飛行物体はなにものであったのか。
飛行船を模したラジコンの類だとすると電飾の存在が疑問だ。LEDなど普及していない時代である。電球を大量に積んでいたら重かろうし、電源はどうしていたのだろう。
確認するすべはない。
これはそれだけの話である。
麻布の家は
母は私と違ってその手のものに多少は縁があったようで、ほかにもいくつか不思議な話を聞いた。もっと聞いておけばよかったと、いまは思っている。
満艦飾 狸穴醒 @sei_raccoonhall
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます