4.以上、校了となります。

「ストロベリーパフェ生クリームメガ盛りふたつでお願いします」

 

 うららかな秋の午後。女子高生やカップルでにぎわうカフェに、わたしとツキシマさんはテーブルを挟んで座っていた。ハロウィンが近いため、店内にはジャックオーランタンが飾られ、ファンシーな音楽がかかっていたが、わたしとツキシマさんのあいだに華やいだ空気もなければ、笑顔もない。

 このあたりの事情について、まずは白雪姫詐欺事件のその後の顛末から話しておきたい。

 ツキシマさんがネタをつかみ、わたしが取材をした白雪さん(うさぎどん)と狩人さん(きつねどん)。正体は悪質な詐欺を繰り返す指名手配犯で、先日ドラゴン騎士団によって逮捕、送検された。ふたりは白雪姫失踪をはじめとした過去の有名事件をネタにでっちあげを語り、ウィークリー誌から取材料をまきあげ、荒稼ぎをしていたらしい。噂ではかの『週刊アナザー・ワールド』も被害にあったのだとかなんとか。

 その詐欺犯逮捕の瞬間を激写した、売り上げ数倍は間違いなしの我々『異世界タイムズ』9月30日号は校了後、発行直前に異世界検閲によって差し止められた。取材方法に不正があったとドラゴン騎士団から申し立てられたのだ。髭ノビール剤すっぱ抜きへの恨みたるや、おそるべし。

 『異世界タイムズ』は一号お休みとなった。

 そういうわけで、ツキシマさんの機嫌は最悪である。


「俺の我が身を恐れない決死の撮影はなんだったんだ……。はああ取材損、取材損」

「それをいうならわたしのほうがよっぽどですよ。なんだったんですか、あの走りは。なんだったんですか、あの涙は」


 しかもわたしの場合は、丸焦げになった異世界転送ドアノブの購入費のため、晴れて『異世界タイムズ』でのバイト期間延長が決まった。この先も無給バイト地獄から抜け出せなくなりそうで怖い。いい加減労基あたりに訴えたほうがいいかもしれない。


「ていうか、いつからわかってたんですか、ツキシマさん。あのふたりが本物の白雪さんと狩人さんじゃないって。黛デスクの用意周到さといい、絶対取材前にはわかってたでしょ」

「最初からだよ。たれこみの時点で、俺の記者としての勘がびびっとな……」

「はあ。それで、本当のところは?」


 直感だとか閃きだとか、あいまいなものを信じていないわたしは、じっとツキシマさんを見上げた。ほう?とちょっと愉快そうな顔をして、ツキシマさんが頬杖をつき、わたしを見つめ返してくる。


「ストロベリーパフェ生クリームメガ盛りお待たせしましたー」


 そのとき、わたしたちの視線の応酬を遮るように、タワー状にクリームが乗った金魚鉢みたいなパフェがわたしとツキシマさんの前にどどんと置かれた。「おおおおお……」とふたりでしばし見惚れ、ストロベリーアイスに刺さったスプーンを引っこ抜く。


「これが伝説のメガ盛り……!」

「俺のおごりだからなっ! いいか、おごりだからなっ! じっくり味わって食えよ」

「それじゃあアイス溶けちゃいますって」


 とかなんとか言い合いながら、アイスクリームをざくざくと崩して口に運ぶ。ストロベリーソースともりもりに載った生クリームが絡んで、最高に甘い。ふあーと相好を崩し、わたしはほっぺたに手を添えた。


「おいしいです、ツキシマさん」

「だろお?」


 わたしに負けない勢いでパフェを崩すツキシマさんは、さっそく上機嫌である。アイスの層を食べると、パイとベリーソースの層が出てくる。その下にはさらにチーズケーキの層が。なんなんだ、この魔法の三層構造は。パフェを夢中で食すわたしをよそに、ツキシマさんは咳払いをした。

 

「たれこみの時点で、相手が本物の白雪じゃないことはすぐわかった。なにしろ――、ここにいるのが白雪なんだもんよ」

「は?」

「だからー、俺が『白雪姫』だからよ」

「はあっ?」


 わたしが胡乱な目を向けると、ツキシマさんは面倒そうに頭をかいた。


「つまりだな、十五年前に記者になるんだー!って家出したのが俺なわけで」

「いやツキシマさん、性別ちがいますよ。白雪女の子ですよ姫ですよ」

「おまえ、それはファンタジーの鉄則・女装男子だろお?」

「こんなところで無駄に恋愛ファンタジーみたいな設定ぶっ込まないでください! 三十路で女装とかただの変態ですよ!?」

「十六のときは、女の子みたいに可憐な美少年だったんだよ!」

「三十路のいまでは、腰痛もちのニコチン中毒者でしょ!」


 それからツキシマさんが打ち明けたことには、女の子を望んでいたツキシマさんのお母上は、七人目の王子(ツキシマさんである)が生まれたことに激しく落ち込み、幼いときより蝶よ花よと姫のように育てていたらしい。彼も子どものうちは姫の装いをすることに疑問を抱いていなかったが、思春期に突入したあたりで「俺、やばくね?」と気付く。そしてドレスを脱ぎ捨てた彼は王宮という鳥籠を飛び出て、憧れの記者になるべく『異世界タイムズ』の扉を叩いたのであった……。


「つまり、失踪事件は女装少年の家出だったわけですね……」

「我が国最大のスキャンダルだよ……。まあいまは和解して、好きにやってるけどな!」

「あの白雪姫の正体が三十路男かあ……全世界の男たちが泣くなあ……」


 最後の層のチーズケーキを頬張りつつ、わたしは呟く。それを頬杖をついて眺めながら、ツキシマさんが珍しく苦笑いを浮かべた。


「夢破れたり――ってか」

「イエ。薄幸の美少年が生き汚く記者やっているなら、夢叶いたり、じゃないですか? わたしは好きですよ。そっちのほうがツキシマさんらしくて」


 秋のうららかなひかりが窓辺から射し込むなか、わたしはなんとなく(パフェがおいしかったからだろう)鼻歌をうたい出したい気持ちになって微笑む。すると、ツキシマさんは急に目をそらして、何故か頬を染めながら「やべえ……動悸息切れがしてきた。これが三十路……?」などと深刻な顔で胸を押さえるのだった。


 ・

 ・


「そういえば、おまえの片想いの相手って結局誰なんだよ」

「あー黛デスクです」

「待て。黛は女装男子じゃねえぞ! 生粋の女子だぞ!」

「知ってますよ愛は性別を超えるんですよ! 文句でも!?」


 ――かくのごとく恋の矢印が乱れ飛びながら、異世界出身アラサー男(31歳、元女装王子)と、日本出身女子大生(19歳、無給バイト)の校了<デッドライン>をめぐる戦いの日々は続くのであった!


                               ~おしまい~

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爆走ガール&B級記者 糸(水守糸子) @itomaki

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