第3話 異世界のガールズトークは、命懸けだっ!
クラウベルが持つ銀朧蓮華という二つ名の由来を、美沙樹は知らない。
「うおおおお!」
両手で握り込んだ剣は、その分攻撃力も増している。が――
「馬鹿の一つ覚えね!」
クラウベルは錫杖から攻防一体の魔力障壁を発生させて、美沙樹の剣を受け止める。
「その剣――グロリアス・ティンクルの力を解放でもしない限りはこの障壁を破れないわよ」
「何かに付けて剣の事ばっかり言って! 戦ってるのは僕だぞ!」
「武器の真価も分からずに、野獣以下の行動を繰り返す貴女の事は語るまでも無い。やはり貴女は昨日の時点で死んでおくべきだったのよ!」
クラウベルは魔力障壁から波動を放つ。だがその直前――
「とおっ!」
美沙樹は反動を利用して宙を蹴り後方へと飛んだ。それに依り体への衝撃は受け流される。
「よし、出来たっ」
「……
クラウベルは美沙樹の行動をそう言い表した。
「僕、
「バリアーから出る魔力の波動はもう見切った。だからエアライドで相殺出来るのさ」
「成程、どうやらお猿さん並の知能は持っていたのね。そして体の方も私の戦法に慣れてきたと」
「へへ、そういう事」
美沙樹は鼻の下を指で擦りながら照れたような、見返す事が出来て嬉しそうな顔を見せる。
「お猿さんに例えられても怒らないのね?」
「学校でも友達に言われてるからね。『竜杏なのにお猿とかどうなのよ?』――とか色々。でもまあ猿って普通に可愛いし良いかってさ」
「やれやれね」
「あ、今ちょっと笑ったな。やっぱり僕と話せて楽しいんだろ?」
「貴女のテンションのおかしさに呆れているのよ」
「またまたぁ」
「……ふっ」
クラウベルはまたも短く笑ってみせたが、しかし次の瞬間気合の籠った目を向ける。
「これ以上そのおかしなテンションに触れていたら私まで変になるわ。ゼルトユニアの民の精神にまで強い影響を及ぼすニホン人……だからこそ貴女を野放しに出来ない。全力でその存在を抹消する!」
「良く分かんないけど、僕が黙ったまま受け身で居てると思う? こっちだって行くぞ!」
美沙樹は両腕を引いて、剣を水平に構える。切っ先がクラウベルに対して真正面に向く。
クラウベルは、美沙樹が一点集中の突きで来る事を読んだ。――あからさまね――そう思いながら言葉にはしない。
「コオオォォッ!!」
それは言葉を発する程の余裕が無かったからだ。
咆哮が、クラウベルの魔力を引き上げていく。
クラウベルの全身が魔力の光を帯びる。その中で一際、銀色の髪が美しく輝いて舞い乱れる。
美沙樹はこの時、銀朧蓮華の二つ名の意味を言葉でなく精神の領域で理解した。
――綺麗で、冷徹で、強い!――
それだけ分かれば十分だ。クラウベルの力漲る全身が、言葉以上に語り掛けてきているものが在る。それを感じて、触発されて、美沙樹の中で弾ける感情が生じる。
「ハアアアアアァッ!!」
美沙樹が突進し、そしてクラウベルがその美沙樹目掛けて魔法奥義を発動する。
「ソリッドシルバー・ナイトフォール!!」
輝ける銀色の波動が美沙樹を襲う。
「うっ!?」
魔力障壁から受けた波動とは、根源から力の質が違っていた。美沙樹は自分の視界が徐々に掻き消えていくのを感じる。
正面に捉えていながらぼやけて見えるクラウベルが叫んでくる。
「
「純銀の、にちぼ、つ……?」
「痛みは産まない、その若い体も傷付きはしないわ。このまま視界を覆う銀の輝きに、心安らぎながら逝きなさい!」
「ふざ、けるなぁっ!!」
美沙樹が一歩一歩、ゆっくりと、しかし確実にクラウベルへと進んでいく。
「まだ身動きが取れるのね。強がりが過ぎる子よ、貴女は」
「つよ、がり?」
「導師にお前は勇者だと
「彼女ぉ? もっと、分か、るように、言え……」
美沙樹の意識が途切れ始めていた。歩みが止まって、膝を折り掛ける。
「その彼女も今では何を思ったか自らこの世界を脅かす魔王と化しているわ! 異界の、ニホンの人間など皆碌でもない者ばかり。お遊び感覚でやって来て、好き勝手に振る舞う。……この世界にとって害悪でしかないのよ、貴女達ニホン人は!!」
「……!?」
美沙樹は薄れゆく意識の中で、クラウベルの心の波動を感じた。
感じたのはそれだけだ。美沙樹はもう、今クラウベルが何を言ったのかも分からなかったのだから。
しかし確かに感じた。クラウベルの悲痛な心の波動を……そしてそれは、彼女のもう一つの感情と結び付いている事も。
「マ、マ……」
脳裏に、美沙樹の母・裕子の姿が浮かんでいた。口煩くも自分に慈しみの心で接してくれる裕子のイメージと、クラウベルの奥底の感情が重なっていく。
――クラウベルは、本気でこの世界ゼルトユニアを想って、心で泣いてるんだ――
「……う、おおオオォ!!」
「馬鹿な!?」
クラウベルは自分の目を疑った。
美沙樹が立ち上がって、再びクラウベルに向け歩き出したからだ。
「やめなさい! 意識を取り戻そうとも貴女の精神はもう限界……その状態で足掻けばそれだけ苦しみ悶えて死ぬ事に――」
「だから、小難しい説教、すんなって……学校のぉ……先生か、お前はー!!」
最大限に声を張った口調だった。前にも同じ言葉を言ったが、その時よりも言葉のキレが上だった。
クラウベルは失念していた。美沙樹のこの世界だけで発揮される比類なき回復力を。
だからこう思う。
――世界が、ゼルトユニアがあの子を生かそうとしている!?――
驚愕と共に、美しく輝く銀髪が濡れて張り付く程の冷や汗を掻く。
「……くっ!」
クラウベルの魔法奥義への集中力が乱れた。
「貰ったぁ!!」
美沙樹は一気果敢に純銀の波動の中を掛け抜ける。
――私が負ける、のね――
クラウベルがそう覚悟した直後、彼女の腹を美沙樹の剣が貫いた――かに見えた……
「な、何故?」
クラウベルは自分の脇腹を外した美沙樹の剣を見て、尋ねていた。
「だってお前、本当は良い人だろ?」
「私が?」
美沙樹は剣を鞘に納めてゆっくりと話しだす。
「消えかけた意識の中で感じたんだ。クラウベルの心の奥底を。本気でこの世界の事を心配してるんだなって思った。ええと、その……」
美沙樹はそこで言葉に詰まる。
「どうしたの?」
「実は向こうじゃ、周りに世界の事そんなに深く考えてる人って殆ど見てないんだ。でも僕のママはきっと、考えてる。ママは凄いんだぞ、怒られたと思った時でも、いつの間にか僕を優しく包んでくれてる。……そのママとお前のイメージが重なった。だからお前って絶対凄い、例え敵でも斬っちゃ駄目だって思った」
美沙樹はそう言ってにへっと笑った。
その照れ隠しの笑いを見て、クラウベルは肩の力が抜けてしまって、呆れながらも笑い返す。
「……凄いのは、貴女の方よ」
「えっ、なんで?」
「さあ、なんででしょうね」
「なんだよそれ、せこいぞ! 僕はちゃんと言ったのに」
美沙樹が拗ねた顔をして、クラウベルは苦笑して彼女から目を背けた。
その目線の先には、鞘に収まった美沙樹の剣グロリアス・ティンクルが映っている。結局クラウベルが言うような真価を発揮はしなかったが……
――もしかしたらこの子にとっては、本当にこの剣の力を発揮するまでも無かったという事なのかもしれないわね。……ミサキの真の強さはきっと、意志を貫く純粋さ――
クラウベルは勇者というものを信じても良いかと、
「こっち見ろよクラウベルぅ!」
視界の端で地団駄を踏んでいるこの乙女に、そんな期待を抱き始めていたのだ。
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