第2話 全力で、日帰り女子高生勇者やってるよ!

「僕こと竜杏美沙樹は可憐な高校一年生の女の子だ。でもその実態は、ニホンと異世界を股に掛ける凄腕勇者!」

「お馬鹿なノリで言ってないで、唐揚げ冷めるから早くお食べ」


 美沙樹の芝居掛かった言葉を、向かいに座る母・裕子ゆうこが邪険にした。

「ちょっとママ、少し位ノッてあげようって気にならないかなぁ?」


 裕子は味噌汁のお椀に口を付けて、それをテーブルに置いてからようやく口を開く。

「銀朧蓮華だっけ?……二つ名持ちのボス相手とはいえ、一方的にやられて帰るような駄目っ娘を甘やかしちゃ、ママがパパに叱られるよ」


「うぐっ、確かにパパが家に居てたらと思うとゾッとするけど……」

 美沙樹は全身固まりながら生唾を飲んだ。父がかなり怖いらしい。

 しかし――


「でも別にやられて帰ったんじゃなくて! やられる前に門限が来たから帰るしかなかったんだから、正確にはまだ負けてないし、明日こそ僕が勝つから!」

 すぐに元の威勢を取り戻し捲し立て、更には唐揚げを一つ丸々口へと運んで頬張ってみせる。


「そりゃあ張り切らないとねぇ。ところで美沙樹、負けて食べる唐揚げはまた格別な味わいだろ?」

「まぐまぐ……ほふ、めっひゃ胃に沁みふ……って何どさくさに紛れて負け認定させてんだよぉ!」


 テーブルを叩き盛大な音を上げさせた美沙樹に対し、裕子はほうじ茶の入った湯呑みに口に運んでから、ようやく口を開く。

「負けだって一つの経験。そう、お前には若い内から色々な経験を積んで大きく育って欲しいと思ったからこそ、日帰りで異世界転移を許したんだ。だからそこで起きた事に対しての誤魔化しは、一切無しだよ」


 裕子の穏やかながらも芯の有る言葉は、美沙樹にとって心に刺さるものとなった。

「ママ……」

「その悔しさをバネにする位、こっちの世界でも強く生きて欲しいのよ。ママも、パパもそう思ってる」

「……」


 美沙樹は暫し母の言葉を噛み締めていたが、やがてテーブルに叩き付けてそのままになっていた手を強く握り込む。


「でも僕は負けるのは嫌だ。絶対に嫌だ!」

 裕子はまた、すぐには言葉を返さずに唐揚げをかじってご飯をしてから、ようやく言うのだ。

「そうかい。ならじゃんじゃん食べて栄養付けな」


「うん、食べるっ!」

 美沙樹は裕子の言う事を半分は理解していた。でもそれ以上はどうにも理解が追い付かなかった。頭では分かっていても、心が受け入れられなかった。


 だからここではもう考えるのは止めにして、彼女は持ち前の元気さを発揮して唐揚げをがっつく事に決めたのだ。折角目の前に母が作ってくれた唐揚げが有るのだから。


 裕子はそんな愛娘の心の機微を、優しい目で見守っていた。

「食べたら宿題は先に済ませるんだよ」

「ふぁ~い、まぐまぐ……ご飯おかわりっ」


 ※


 翌日、全ての授業を終えた美沙樹は異世界ゼルトユニアへと転移した。

 昨日の時点での装備も瞬時に装着されている。


 ただ――

「導師! 早速だけど僕を速攻でクラウベルの所に転送してっ!」

 そう、何も前日と同じ所に転移出来る訳では無かった。


 ここは導師の谷。美沙樹を召喚した導師バタラが住む地であり、二つの世界を繋ぐ魔法のゲートが存在する場所でもあった。

 美沙樹はニホンからこちらに来る時は、必ず導師の谷に転移するようになっている。

 

「勇者殿、昨日はちゃんと奴めの居る部屋の手前に、転送の宝珠を設置したのじゃろうな?」

 いつも美沙樹を出迎える役目をこなしている導師バタラが長いやや白色が混じった顎鬚あごひげを弄りながら尋ねてきた。


 五十代には見える外見、彫りの深い顔と精悍な目つきから自然と風格を感じさせてくる。

 そんなバタラに対しても美沙樹はいつもの調子だ。


「当たり前だろっ。平日は学校終わりから夕方の七時まで、フルに使えてもほぼ三時間しかに居られないんだから、ダンジョン探索なんか何度も繰り返してられるかっての」


「そうか。しかし門限を定めたのが勇者殿のご両親である以上、儂にはどうも出来んな。この世界に蔓延る悪の存在を倒すという過酷な使命……それを告げても大事な一人娘である勇者殿を信頼して預けてくれたのじゃから、儂もご両親に対し筋を通す。その思いは召喚が成った三ヶ月前から変わっておらん」


「いやそこは僕も文句無いよ。導師は僕が冒険で不便しないようにと、代りに転送の宝珠を僕にくれたんじゃないか。お陰で宝珠を設置した地点への転送が出来るようになってそこから直に冒険を再開出来る。だからそんな気にしなくて良いよ、導師っ」

 調子良く笑い掛ける美沙樹に、バタラは大きく溜め息を吐く。


「召喚の秘術に掛かった時点で分かってはいたが、勇者殿のテンションのおかしさには付いていけんわ」

 そう非難するような事を言ってはいたが、さっきから美沙樹の言葉を上手い具合に受け止めて返答している辺り、バタラも彼女のとの接し方にはこなれているようである。


「何だよ導師~、ノリが悪いと女の子にモテないぞ」

 しかし美沙樹の方はずっとこの調子であるから、風格の裏にはきっと多くの心労を溜め込んでいるには違いない。

「やかましいわい、転送してやるからさっさと行かんか。……クラウベルは勇者殿の邪魔をするのを止めんのじゃろう? なら早く倒してやってくれ……」

「あ、そういえばワープして貰う前に一つだけ聞きたい事が有った」


「なんじゃい!? もう転送の術に入ってしもうたから手短に言え!」

「クラウベルが導師の元弟子って言ってたけど、ホントなのか?」

「……今更じゃっ! ノーコメントじゃっ!」

「なんだそれ――」


 美沙樹はそこまでしか言えずに転送された。


 ※


「――ぞっ!」

 声を上げた場所はもうクラウベルの間の前だった。設置された転送の宝珠からは魔力に依る結界が生じる為に、周囲には魔物が寄り付けないようにもなっている。


「うへぇ、なんかバタバタしたまま来ちゃったよ。まあ今日は全然時間有るし、クラウベルから直接聞いたら良いか」

 最初に自分が『速攻で転送しろ』と言った事を棚に上げ、美沙樹はそんな風にのたまう。そして目の前の扉を手の甲でパシパシと叩くのだ。


「ねえクラウベル、居てる~?」

 返事は無い。だがめげない。

「クラウベルってば~!」


 少しの静寂の後に、

「――先ずは自分の名前を名乗りなさい」

 半ばお決まりのような文句が聞こえた。


「えへへ、美沙樹だよ」

「どうぞ。入りなさいな」

 訪問の許可をしっかりと得た美沙樹は両手で扉を開く。開き始めた扉のまだ僅かな隙間から、既にクラウベルが腕組みをしている姿が見えた。


「そんな正面で突っ立って、もしかして僕が来るの楽しみに待ってたとか?」

「ニホン人は嫌いだと昨日言ったわ。トドメを刺し切れなかったのが心残りだっただけ。今度こそ確実に葬ってあげる、異界からの勇者さん」


「ちょっと待って。その前に少し話を聞かせてよ」

「今更何を。昨日は殆ど問答無用だった癖に」

「昨日は門限がギリだったから仕方無かったんだって! でも今日はあと二時間残ってるからゆっくり出来るよっ!」


「嫌よ、私は貴女を嫌っているし」

「い~や、その顔はホントは僕とたっぷり話せて嬉しいけどわざとツンツンしてるって顔と見た!」

「……どうしてこうも図々しいのかしら」

「大体、恩に着せる気は無いけど僕は魔王を倒してこの世界を救おうとしてるんだぞ。なんでそれで嫌われなきゃいけないんだよ」

「……」


 クラウベルは錫杖を構えて告げる。

「話がしたいなら、私に勝ってからよ」

 同時に魔力の波動が放たれて美沙樹に迫った。しかし今度はそれに耐えてみせる。


「うっく。……ふん、至近距離で喰らわなきゃどうって事ないぞ!」

「加えてこの前は貴女の攻撃へのカウンターヒットだったから、よりダメージが大きかったのよ。そこも理解は出来てる?」

「えっ。……そんな事わざわざ教えてくれるなんてクラウベル、実はお前って良い奴なんじゃないか?」


「さてね」

 クラウベルは肩を竦め憮然とした顔で、何も持っていない方の手で美沙樹を手招きした。

「そうか、勝ったら答えてくれるんだよな。なら、行くぞっ」


 美沙樹は両手で剣を握って、クラウベルへと挑み掛っていく。

「銀朧蓮華のクラウベル、覚悟しろっ!」


 向き合って、二つ名込みで相手の名前をしっかり言えば、自身も戦いの気迫が増す。敵の存在をしっかりと意識する事で気持ちが引き締まる。その為の相手の名前。名前とは正に、その者の存在を示すものなのだから。

 誰に教えて貰った訳でもない。美沙樹はそれを勇者の資質で理解していた。

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