第4話 私、日帰りで魔王をしておりますれば!

 クラウベルは改めて美沙樹に語る。

「貴女は魔王の事をどれ程知ってるの?」

「えっ。世界を脅かす強大な力を操り、異界ニホンから来た勇者しか対抗出来ない……って導師から聞いたけど」


「やっぱり。……魔王が強大なのはミサキ、が貴女と同じニホン人だからなのよ」

「嘘だろ!?」


 クラウベルは首を横に振る。

「本当よ。彼女は七ヶ月前に初めてゼルトユニアに、として召喚されながら、その後魔王を名乗った」

「ええっ、じゃあ僕の先輩じゃん!」


「そうね、確かにそうも言えるわ」

「先輩ならこっちから一度ちゃんと挨拶に行かないといけないなぁ」

「ちょっと待って。何か早々に話がズレ始めてる気がするけど」


「でも、『目上の人には挨拶を欠かすな。だがそれさえ済ませてれば、いざという時は相手に何をしても構わん』ってパパが言ってたぞ」

「ママの次はパパの話? というか随分怖い感じね貴女のパパ」

「怖いなんてもんじゃないぞ! 僕が最初に異世界転移した日、パパはニホン側のゲートを自力でこじ開けてに来て、導師の胸倉掴んで『お前の仕業か』って凄んで震え上がらせたんだからな!」


「パパ何者なのよ! というかそれ挨拶もしてないじゃない!」

「サラリーマンだよっ! 『いきなりいざという時が来た場合は良いんだ』って後で言い訳するみたいに言ってた!」

「サラリーマン……何だかとても怖い響きのする言葉ね。臨機応変とも取れるけど道理が滅茶苦茶だし……」


「導師が平謝りして、僕もこの世界を放っけないからって追い縋って、それで何とか日帰りという条件付きで勇者をやるのを許して貰ったんだ」

「そ、そうだったのね。私は魔王になるような選択までし得るニホン人を危険視して導師と袂を分かったから、知るべくも無かったわ」


 クラウベルは居た堪れないような表情を見せる。

「導師は以前にを召喚してしまった事を悔いながらも、新たな勇者を呼び出す事に拘った。その考えの結実が貴女であるなら、正しいのは導師の方だったと今は思う」


「彼女って魔王の事だよな。一体どんな奴なんだ?」

「それは――」


「論じるには及びませんわ」


 突如空間そのものに響く、可憐な声がした。

「誰っ!?」

「この声……まさか!」


 二人の眼前の大気が震え、強引に空間がこじ開けられた。

 そこから出てきたのは、禍々しく開いた異空間のゲートとは裏腹に、黒を基調としたフリル付きドレスを纏ったやや長身の、同じく黒い髪を腰まで伸ばした美麗な少女だ。


 少女を見た美沙樹が驚く。

「あーっ!? ほ、鳳蔀ほうぶ佳那絵かなえさんじゃないかぁっ!」

 美沙樹の言葉にクラウベルが先に反応を見せた。

「な、貴女、魔王の事は知らないって言っていたじゃない!」

「魔王って……ええっ! この子は僕と同じ学校の同級生だぞっ」


 美沙樹は少女――佳那絵に詰め寄っていく。

「なんでキミが魔王――」

 その言い掛けた言葉を、佳那絵は掌を突き出して制する。


「私、勿体ぶる趣味は有りません。きちんと自ら名乗らせて頂きます」

 お腹からしっかりと声が出ていた。美沙樹を「うぐっ」と立ち止らせる程に。


「私、鳳蔀佳那絵はこのゼルトユニアに於いて日帰りで魔王をしておりますれば、この身に立てたこころざしは世界の真の道へと準ずるものですわ」

「う、うむむぅ!?」


 美沙樹は単純に佳那絵の言い回しが理解出来ていなかった。しかし佳那絵はそんな事は構いません、とばかりに口上を続ける。

「この度は美沙樹さんが今の勇者としてゼルトユニアとニホンの精神の繋がりを背負うに相応しいかどうか、直に戦う事で確かめる為に参りました」


「う、うむぅん……」

 美沙樹は話が理解出来ないあまり眠たくなってきていた。

「さあ、全力で来て下さい竜杏美沙樹さん!!」

「ふぁっ、ふひゃあい!!」


 既に半分寝ていた所を叩き起こされ、壮絶に間抜けな返事をしてしまった。挙句――

「しっかりしなさいミサキ!」

 隣でイラついていたクラウベルに錫杖で頭を小突かれる始末である。


「はっぐぁ!!」

 完全に目が醒めた。

「あ、ええっと、ええっと……要するに、ここで佳那絵さんを倒せば魔王を倒した事になって、世界が平和になるって事だな! よっし、負けないぞぉ!」


 クラウベルが一瞬、阿呆を見る目で美沙樹を見る。

「いや、カナエはそんな単純な話してないでしょ! もっと重大な、世界を転移した事の本当の意味について――」

「いいえクラウベル。美沙樹さんの思慮は言語には反映されないだけで、彼女の心の内では話の意図がしっかりと伝わっています」


 自分の言葉を遮って佳那絵が口にした内容に、クラウベルは戦慄する。

「貴女、ミサキの考えが分かるの?」

 ――到底信じられない。あのミサキの頭の中よ!?――クラウベルがそう思うのは無理からぬ事だったが、しかし佳那絵は構わず笑いだす。


「うふふふふ! この気持ちの高ぶり、堪りませんわっ。竜杏美沙樹さん、私を楽しませて下さいね!!」

 佳那絵が伸ばした手から魔法の光弾が放たれ、美沙樹に襲い掛かる。


「はあっ!」

 美沙樹は弧を描く軌道で駆け出し、光弾をかわす。

「まだまだ参りましてよ!」

 佳那絵は連続で魔法弾を撃ち追撃していく。


「好きにさせないわ!」

 クラウベルが美沙樹の援護にと佳那絵に向け錫杖を構える。が――

「クラウベルは手を出すな! 僕は自分で佳那絵さんの事を知りたい!」


 美沙樹自身が待ったを掛けた。

「ミサキ!?」

 クラウベルは迷ったが、自分に勇者の存在を認めようという気にさせた美沙樹の決意を感じ取って錫杖を下げる。


「私の事は佳那絵と呼んで結構ですわよ!」

「そうか。なら僕も美沙樹で良いぞ!」

 二人の乙女の目線が交差して、火花を散らす。


 美沙樹が回り込みながら佳那絵との距離を詰めていく。五メートル先まで迫った所で魔法弾が尽きた。

 ――いや、別の何かが来る!――


 美沙樹がそう見切ったと同時に、佳那絵が彼女目掛けて飛翔する。

空中移動エアライド!? 僕だって!」

 美沙樹も飛ぶ。佳那絵は両手を広げて体を捻る。

「舞いますれば!」


 可憐さの中に力強さを含む声が轟く。その声色で、美沙樹は佳那絵がどういう少女なのかが少し分かった。

 ――根っからお嬢様だ、こいつ!――


 突然の出逢い、魔王という肩書き……しかし美沙樹はそんな外的要因では見ない。常に目線は、純粋で真っ直ぐ相手を捉える。

「ハアアアッ!」

 一意専心、佳那絵へと斬り掛かる。


 佳那絵が空中で一回転ワン・ターンを決めながら広げた両手の軌道上に空間の歪みを生み出していく。そして両手の甲を合わせ、歪みが掌と掌の間に収束していく。


「アーカーシャ・シュート!!」

 虚空アーカーシャからの一射シュート――魔法奥義、集められた歪みの力が解き放たれて一条の黒き光の大矢となった。

 美沙樹は咄嗟に大矢を剣で防ぐ。


 しかし――

「くっそ!」

 大矢からの衝撃で体が震える。その勢いは衰えようとしない。

「……」

 佳那絵は美沙樹をただじっと見ていた。何かを見極めんとばかりに。


 だがクラウベルもまた思案していた。

 ――カナエは彼女自身のテンションをミサキに伝染させて、この状態へと誘い込んだんだわ――


 クラウベルも美沙樹に先の戦いでそうされたからという理解の素地も有った。

 彼女には立ち入る術も無い美沙樹と佳那絵のテンションのおかしさだが、彼女らにとってのは心の個性に根付く芯の太い存在で、時には使だってするのだと改めて知る。


 二人が自覚しているか無自覚なのかは前に来るべき問題じゃない。

 ただ、彼女らより幾分とはいえ大人の女としては……


「やはり手を出させて貰うわ!」

 一心不乱に飛び込んで、美沙樹の体を押し出した。


 美沙樹は黒の光の大矢の射線から外れ、地面に突っ伏す。

「クラウベル!?」

 次に美沙樹が見たのは、彼女の代わりとなって大矢に腹部を貫かれるクラウベルの姿だった。

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