第6話 僕らに乙女の熱い血潮が! 有る限りですわ!
「ん……」
「目が覚めましたな、クラウベル殿」
そこは草原だった。
聞こえた声にクラウベルが振り向くと、子鬼の姿をした魔物が居た。
「儂はコボルトのデファイナス。魔王様から貴女の治療を命ぜられておりました」
魔物――デファイナスは物腰柔らかく語る。
「カナエから?」
「治療は昨夜終えたのですが寝たきりでしてな。お二方の約束の時が来てしまい、止む無く城のベッドよりこちらへ御身を運び出したのです」
「約束……」
その身を黒き光の大矢で射られた記憶よりも、クラウベルの中で強烈に浮かび出るイメージが二つ。
「ミサキとカナエが、戦っている!?」
クラウベルが天を仰ぐ。
晴天の中に、弾ける力のスパーク。
感じたのだ。二人の乙女の躍動を。
上空――
「スウィート・トリニティ」
「分身か!」
美沙樹はその内二体をそうだと見抜いた。
「正しい理解ですわ。でもこれが受け切れまして!」
三体の佳那絵が同時に語り、一斉に囲いの中の美沙樹に魔法弾を放つ。
「受け身のままで僕が居ると思うな!」
美沙樹は一体の佳那絵に
「抑え込みますれば」
魔法弾で美沙樹の勢いを削ごうとする佳那絵。しかし――
「スペル・パリィ!」
「約束しただろ。力を見せるって」
佳那絵を剣で一閃すると幻の如く霧散した。
「嬉しいですわ。それでこそ私も力の限りを尽くせます!」
残った二体の佳那絵が挟み打ちの形で襲い来る。
「ディーヴァ・デクストラ」
「マギクス・シニストラ」
――あの手に掴まれたらマズい――パリィで掠めるだけでも駄目と悟る。美沙樹の頭に走った直感がそのまま全身を伝い行く。……握った剣にも伝う。
「トルネード・コンビクション!」
――更に剣の力を上乗せだ!――
美沙樹が念じると剣が光り、渦は力を増して竜巻へと一気に成長する。
竜巻が二体の佳那絵を飲み込んだ。
「ああっ!?」
「くっ!」
「オオオォッ!」
美沙樹の怒号が佳那絵の悲鳴を掻き消して、その身も竜巻に巻き込んでいく。
竜巻が止んだ。そこに佳那絵の姿は無い。
「やったか……?」
美沙樹はゆっくりと地上へと降下する。
「ぐあっ!」
背後から魔法弾を受けて美沙樹の姿勢が崩れた。
顔だけなんとか振り返るとそこには一人、ボロボロになった黒のドレスの佳那絵が同じく降下していた。
「……分身は消えてしまいましたわ」
肩で息をする佳那絵が告げた。彼女には、本物の乙女の息遣いが有る。
「佳那絵……うああっ!」
美沙樹の隙を見逃さずに魔法弾を撃ち込んでいく佳那絵。
「気を抜くからこうなるのです!」
「ぐぅ……」
「ここまでですわね!」
うな垂れた美沙樹に、佳那絵が一際大きな魔法弾を練って撃ち放つ。
「……なっめんなぁ!」
突如美沙樹がその身を翻らせて、魔法弾に回し蹴りをぶち当てた。
「なんですって!?」
「勇者のぉ、底力だあっ!」
ギリギリまで粘りながら力を溜めた蹴りが、強烈に魔法弾を軋ませて撃ち返す。
「!!」
佳那絵は猛スピードで返ってくる魔法弾を凝視した。佳那絵だけでなく美沙樹の力をも内に充満させた魔法弾は最早閃光の如き様相を見せる。
――怖い位に、綺麗!――
恐怖の念が起こると同時にそう思って、何故か血が騒ぐ感覚も生じた。
「がはっ!」
顔面に閃光の魔法弾が激突して佳那絵の黒のロングヘアが乱れて、体勢が崩れる。
「これで終わりだ!」
美沙樹が剣――グロリアス・ティンクルの力を解き放つ。
「竜杏美沙樹ぃっ!!」
絶叫を上げて佳那絵が強引に体を起こす。
黒のドレスが弾けて、その手に空間の歪みが出現して伸びた。美沙樹の剣と同じ程の長さまで。
「グロリアス・ティンクル!!」
美沙樹は己の武器の名を叫んで佳那絵の気迫に抗する。だが――
「シャイネン・ヴァール!!」
佳那絵の叫びに呼応して歪みが彼女の手の中で、淡い蒼の光気に覆われた剣身持つ剣となった。弾けたドレスの中から、新たに佳那絵の身を包む蒼を基調とした勇ましくも美麗な戦装束が露わになる。
美沙樹の剣と佳那絵の剣が打ち合って、激しい衝撃が生まれる。膨大な力の余波が駆け巡って、草原を何処までも波打たせていく。
互角。……
「……その剣は?」
「
佳那絵は可憐さと、その上に誇りと気高さを映した表情で答えた。
その佳那絵の表情に美沙樹は、安堵の顔を見せる。
「凄いや。僕のグロリアス・ティンクルの全力を受け止めるなんて」
――受け止めてくれるなんて――
「美沙樹は自分の力を恐れていたようですけれど、私には加減は不要……」
佳那絵に微笑みながら言われて、美沙樹は顔を赤くする。
「やっぱり昨日からバレてたんだ」
佳那絵は頷いてからこう続ける。
「私、誠心誠意魔王として邁進しておりますれば、私だけの魔王道というものをこの世界で切り開いて御覧に入れましてよ。その宿敵たる勇者が力を隠したままでいるなど、無礼というもの」
「ごめん。でもお陰で僕も少し成長出来たよ」
「この世界で無粋に振る舞うニホン人なら斬って捨てる所でしたけれど、合格です。貴女は寧ろゼルトユニアから愛されていますわね」
「えへへ、でもそれは佳那絵も同じと思うな。向いてる方向は違うけど、この世界が好きって思いが僕と一緒だもん」
「うふふ。さあ、お喋りは程々にして戦いを続けましょう」
その後も剣で打ち合う二人を、クラウベルとデファイナスが見守っていた。
「魔王様は勇者であった頃、自身が倒してきた魔物もまたこの世界の一員だという事に気付いて、そして我らを新たに纏めようとなされた」
「今の戦いを見て信じる気になったわ。現勇者であるミサキと力の根源が同じ――純粋さだと感じたから」
「ゼルトユニアとニホンは奇妙な精神の結び付きが有る。知っておりますかな?」
「ええ。喜びや悲しみ、勇気や怒り……様々な感情がお互いの世界に干渉し合っているのよ」
「しかしニホン人の方が悲しみや怒りの感情により支配され易い性質で、そうなった時はゼルトユニアも人や魔物への悪影響が強く出て世が乱れてしまう」
「だからニホン人自らに責任を果たさせる為にと、異世界転移の秘術が生み出された。ニホン人の、この世界での特殊能力に目を付けて。これまでの勇者自身も皆、力を振るう事を楽しむだけの者ばかりだった。でも、前回と今回は違ったのよ。あの二人の乙女は心から、ゼルトユニアを真っ直ぐに愛してくれた。……私は馬鹿よ。それに気付けずニホン人だからというだけで嫌って、あの子達をちゃんと見てあげられてなかった」
「魔王カナエ様はニホン人の負の感情の所為で乱れた魔物に結束をもたらそうとされ、勇者ミサキ殿は人々に心の温かさを取り戻すべく戦っておられる」
「どちらも居てぶつかり合う事でこの世界に住む者にも変化が生じていく。苛烈だけれど、ゼルトユニアこそがそれを望んでいるのかもしれないわね」
美沙樹と佳那絵は幾度の打ち合いの果てに力の限界を迎えていた。
それでも――
「はぁはぁ、これで決めるぞぉ!」
「ふぅふぅ、行きますればっ!」
同時に振るった剣が勢いを相殺して、衝撃で痺れた二人の手は剣を落とす。
互いにもう片方の手を伸ばし相手の手首を強く握り込んで、足を踏ん張り合った。
「うおぉ!!」
「はあぁ!!」
上体を反らして反動を駆使した全力の、額と額の大激突。
「はにゃあ……!」
「くはぁん……!」
仰向けで倒れた二人の乙女。どちらも額から軽く血を流していたが、その顔はとても満足げであった。
「ひ、引き分けだな」
「決着は持ち越しですわね。ふぅふぅ……しかし明日からはまた魔王軍の面倒を見なければなりませんし、学校のテストにも備えなければいけません」
「はぁはぁ、僕も困ってる人を助けなきゃだから暫くは冒険を続けるよ。……え、今テストって言った? うわっ、もうすぐなの忘れてたよぉ」
二人にはまだまだやるべき事が有る。ゼルトユニアでもニホンでも。
おかしなテンション、いや乙女の熱い血潮が有る限り。仰向けで見上げた大空のように、世界を股に掛けてだって彼女達はこれからも突き進むのだ。
~乙女異世界転移勇者譚~【ガーリー・ブレイズ・スプライト】 神代零児 @reizi735
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます