いさかい(玲×優)

 付き合って数か月になる優は、基本、インドア派だ。


 玲自身も、それほどアクティブじゃないけれど、優よりは出かける方なので、なんだか歯がゆい。流行りのデートスポットだって行きたいし、新しい場所も開拓したいのだけれど、優的には気乗りがしないらしい。


「ねえ、水族館行かない…?」


 おそるおそる聞いてみるけれど、パソコンに向かっている優は、生返事だ。


「今日?たぶん、すごく混んでるよ。日曜日だし」


「うん、でも、優と一緒に行ってみたいんだけど…」


「うん…ちょっと、これが済んだらね」


(そういう返事を期待しているわけじゃない)


 玲は、少し腹を立てる。大事にされていない感じがして、なんか嫌だ。腹を立てるついでに、優の好きなホットココアを、熱々にして出して、やったのだが、優は全然、気が付かないらしい。パソコンを見ながら、少しずつココアを飲んでいる。


 ここで友人の智だったら、ぶちきれて何かするんだろうな、と玲は思う。やってはみたいけれど、なかなか勇気が出ない。けれど、自分を大事にするためにも、プライドを大事にするためにも、やった方がいいのかもしれない、と心の中はいろいろな感情が渦を巻いているのだけれど、優はパソコンの画面を見る方が大事なようで、素知らぬ顔だ。


「ちょっと外に出てくるね…」


 玲は、財布を持って、部屋を出る。優は、振り返りもせずに、いってらっしゃいと声をかけ、玲はますます気分が滅入るのを感じ、扉を力なく閉めた。




 優の部屋から、コンビニまでは、歩いて10分ほどだ。コンビニに入ると、まず自分が好きなもの、そして優が好きなものを探す。玲が好きなお菓子は○○サンダーというチョコレート、優が好きなのは□□棒というお菓子だ。あとは、飲み物と、おつまみのようなものを適宜。だいたい、パソコン作業が終わると、玲と優は、晩酌めいた酒盛りをする。アルコールの弱い玲は、ノンアルコールカクテル、強い優には、ビールを買っていく。


 おつまみを買っていると、甘い声が横からした。


「ねえ、今日、どうするう」


 玲よりも若い女性の声だ。横を見ると、カップルがワインを選んでいた。相手の男性も、玲よりも若い。華やかな服装で、手を見ると恋人つなぎをしていた。


「あー、今日?これでいいかな」


「わー、それ、私、めっちゃ好きなんだ~」


 向こうも、酒盛りをするつもりだろうか。だとしてもずいぶんな違いだ。こちらはひとりで品を選んでいる。向こうはふたりで。しかも手をつないだまま。


(いいな…)


 うらやましく思う自分が嫌だった。比べるものでもないのに、比べてしまうのが。自分だって、手をつないで買い物したいのに。


 玲は、無表情のまま、おつまみを買う。つまみの種類は、玲の好みの物にしてしまった。




 優の部屋に戻ると、優は、まだパソコンに向かっていた。


「ただいま」


 少しいらだった声で言うと、優はのんきな声でおかえりと言った。パソコンに向かったまま。玲は顔をしかめながら、一応、言ってみる。


「お菓子と、おつまみと、お酒買ってきたよ」


「ああ、ありがとう。そこ置いといて」


 優に言われて、コンビニの袋を床に置き、○○サンダーを取り出して、玲はバリバリ食べ始める。いつもながら、美味しい。美味しいのだが…。


「ねえ、コンビニで、新刊の○○出てたよ」


玲は、情けない思いをしながら、優に報告する。


「ああ、そう」


「あと、店員さんにすごくハンサムな人がいてね」


「ああ、そう」


「…」


 食べ終えた後、○○サンダーの袋を、玲は優に投げつけた。コントロールがうまくいかずに、手前で落ちる。ますます腹が立って、横にあるクッションを優に投げつける。クッションは、狙いたがわず、ちゃんと優にぶつかった。


「…?どうしたの?」


 やっと優が振り返るが、玲としては口をきく気分ではない。むっつり黙り込んだまま、クッションを抱きしめる玲を見て、優は再びパソコンに視線を向けかけたので、さすがに玲も声をあげた。


「…なんで」


 ほぼ泣き声に近い声だったので、さすがに優の視線は、玲の上で止まった。黙ったまま、先をうながす。


「なんで、水族館に行っちゃだめなの」


「だから、言っただろ。混んでるからだって」


「そういうことじゃない!」


 玲は、手近のコンビニ袋に手をのばし、優の好きな□□棒を食べようとした。


「ちょ、ちょっとたんま、玲さん」


さすがにあわてた、優がストップをかける。


「…何があったの」


「…」


 言うのは玲のプライドが許しがたく、無言のまま、□□棒をボリボリと食べる。


「…玲さん、粉が口についてるよ」


 優の指摘で、玲は、□□棒の袋を、優に投げつけた。




 一応の事情を話し終わって、安心したのか、酒盛りの後で、玲は、クッションにもたれかかって、うとうととしていた。


「玲さん、風邪ひくよ」


「うん…」


「ベッドで寝る?」


「うん…」


「仕方ないなあ」


 そういう声と共に、あたたかい毛布が自分にかけられるのを感じた玲は、ホッとしたように息をついた。


 パソコンの画面に、水族館のクラゲの写真が映っているのには、気が付かなかった。




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スプーンいっぱいの甘さ 星気 紗名 @sana-s

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