そは神喰い、混沌より生まれし蠱毒である闇の女神


「あの、助けてくださるとして、僕は何をすればいいんですか。そうしてくれるのはあなたにも利があるからですよね」

 確かめて置きたかった。この未神様めがみさまならいわないことはあったとしても嘘は吐かないような気がする。


『買いかぶりじゃ、妾とて嘘をまったく吐かぬわけではない。濫用しては効果をなくすし、むだ遣いはせぬがのう。

 今回をいえば不要。そなたに生きのびることができたならば、あらたなる可能性が生まれるやもしれぬ。それにより或る者との縁が生じ、その者はそなたのたすけとなるであろう。

 ただし、その世界で天寿をまっとうしたいのであれば、いずれ別れることを選んだほうがよい』

 少女はどこまでもあけすけだった。

「もとの世界には戻れないんですか」

 そんな予感はしてたけど、そうでないほうがよかった。


『戻れまいな、生身で次元を超えることはできぬ。そのため、肉体は分解されて再構成される。

 偶々その過程でチートを得られたりはするが、星辰のめぐりがしかるべき配置でなければならん。あやつらはそれも知らずに召喚の儀式をおこない、これまで何度となく再構成に失敗しておるのじゃ。

 まともに送り返せようはずがない。たとえ無事に送還しえたところで、はたして同じ世界であるものやら』

 少女は気の毒そうな顔をする。


『そなたにとっては不幸なことであろうな。それに妾が付け入ることは容易いといえよう。

 そなたは己が考えておるより利用価値がある。じゃが、たぶらかしたり精神操作マインドコントロールしたところでよい結果なぞ生まれはせぬ』

 僕が自分自身の意志で選択しなければならないということか。それはそれで如何どうしようもなく不安だ。


「僕が生きていれたら誰かとかかわることになるんですよね。それは一体どんな人で、どうして別れなければならないんですか」

『人であるともいえるしないともいえる。最初は、そなたが一人でやっていけるようになるまでの扶けになってくれよう。それより更には、かかわれとも拘わるなともいえぬ。拘わるはあらゆる世界の命運に拘わること故。

 その娘は厄介な運命やくめになわされておる。災厄の根源となる闇の女神を滅ぼすことじゃ。

 そしてそれは果たせまい。かの娘は女神の生み出した分身であり、真闇から生まれた眞白ましろき影のようなもの。それはその儘なればこの上なく儚く、女神の手の内から逃れえぬ』

「僕に……何ができるんですか。いえ、何かできるんですか」

 出来ることなんてせいぜい覗き見くらいしかない。それでも未神様には何かあるのかもしれない。


『妾はそなたを通して運命に干渉する。そなたは妾の目となり耳となれ。

 これは命令ではない、妾のたのみじゃ。そもそも承諾して貰えねば、妾には助力するすべがない。

 妾は未だならざる神。さしたる関与はできぬ故、おおくのことを求めはせぬ。そなたはそなたのなしたいことをあたうかぎりにいてするだけでよい。そなたがかの娘と係わることが妾の存在をより確定的なものへとしてくれる。

 妾は、蠱毒の壺なる混沌より生まれし神喰いである闇の女神エンジュ・ギードゥの後釜として生まれる。彼女エンジュが滅びねば妾はあらぬ。たとえ妾そのものが災厄の壺であろうと、生まれもせねばあの娘に会うことならず、会わざればあれを救うことも守ることも叶わぬ』

 火刑台におのれを焼く薪を積み上げている聖女のように、灰色の少女の想いはどこまでも熾烈だった。なのに、僕に対してはどこまでも優しい。何だか泣きたくなってうつむいてしまった。

 少女は爪先立って、僕の首に腕を回す。


『妾がそなたに与えられるのは、幾つかの共通技能コモンスキル、回数制限のある特殊技能エクストラスキルだけ、そして知識と知恵じゃ』

 その唇が僕の唇に触れる。頭の中に光が入って来た。

はじめての口づけファーストキスは妾がもらった。幼馴染みとやらでなくて済まぬが、妾のはじめてに技能付きじゃから対価として悪くはなかろう」

 眩しさに目眩めまいがする。そっと嫋やかな手が股間をさわる。

『こちらのはじめては何れあらわれる他の者のためにとっておくがよい。妾にも処女はじめてを捧げたい者がおるしのう。じゃが、悪戯わるさをするでないぞ、えらい目に合うことになる故な』

 くすくすと笑い声が耳をくすぐる。



 まばゆさの後には闇が残された。その中に姿の変わった少女がたたずむ。

 漆黒の天鵞絨ビロードのような、長く重々しい衣裳をゆったりと纏い、金色の髪に空色の眼をしたお姫様で、雀斑そばかすだけはもとの儘だった。


いずれの世にも、

 災厄は彼所かしこにあり、


 封印の壺の中で、

 悪夢に微睡む。


 そが目覚めしとき、

 凡ての世界は終焉せん。


 されど、一欠片の光の如く、

 希望は常に残される。


 それ故、それ故にこそ、

 女神は殺されねばならぬ』


 少女は予言をうたう。



『さて、そろそろ別れのようじゃ。

 ゆくがよい。

 これは夢のようなもの故、ここでのことはあらかた忘れ去られるであろう。

 なれど、心の端くらいにでもひっかけておけたなら、そなたのたすけになってくれよう』


 ――忘れたくない。自分の身の安全のためばかりでなく、彼女とのことを忘れたくない。そう思いながら段々意識は薄れていく。



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美少女奴隷買いにいったらお金がたりなくて、死にかけのゴブリン娘をおしつけられた 壺中天 @kotyuuten

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