時の硲(はざま)で微睡む姫の夢


す、殺される」

言葉の意味がじわじわと染み込んで来て、僕の胸がふさがり圧し潰される。


「た、助け……たすけて下さい。どうか、お願いします!」

僕は悲鳴のような情けない声を上げ、灰色の少女に向かって土下座した。



『もとよりその心積りじゃ。

そのために召喚術式に割り込んだ。

ここは時のはざまでそなたがみる夢じゃ。

妾にとっても夢の逢瀬となるのう』


すべてが灰色にみえる空間の中で、赤いいとのような唇が妖婉に笑んだ。

この人は僕がこれから会うことになるっていう、王女なんかより本当はやばいんじゃないだろうか。

悪意とかってより、背筋をぞくぞくするものが這い上がるような、幼いけれど美しく奸智にたけた魔性って感じだ。



さといのう、よいことじゃ。

妾はいずれ死の神となり知の神となる。

そして、淫欲の神ともなる。

いまは抑えておるが、それが妾の本質じゃ。

そしてそれが、妾の叛かんとする宿命でもある』

少女は満足げな様子でおとがいに手を当て、くっくっと小鳩のようにしのび笑いを洩らす。



「しっ、死、淫欲って。

その、愛……愛欲の女神とか、じゃなく?」


『そのように綺麗なものではない。

もっとおぞましく穢れたものじゃ。

もっとも、愛とはもともと穢れたものであるやもしれぬ』

少女の笑みが陰鬱なかげりを帯びる。


『古くよどんだ、忌わしい王家の血の、近親相姦を重ねた末に、生まれ落ちたる、呪われし怪物が妾じゃ』

うつむいた呟きは呪詛のように聞こえた。



『じゃが、泥の中から咲く、睡蓮の花のように、もともとが何であろうと、美しいものはあると、妾は信じておる』

上げられたかおは、微睡まどろむ夢のような瞳で、黎明よあけのような希望を浮かべていた。


『妾には愛するものがおる。

生まれながらにして狂った妾であるが、そのものがおるからこそ正気でおれる。

ルシィーリアがだれを愛そうとかまわぬ。

ただしあわせであってくれるのであればそれだけでよい』

たとえよもなく綺麗だと思った。

僕はこんなふうに純粋に誰かを想ったことがあっただろうか。

幼馴染みサヤカへの気持ちだって自分勝手な薄汚い欲望にすぎない。



「えーと、あの……女神様」

『未だ女神ではないゆえ面映ゆいのう。未神みがみとでも呼ぶのじゃ』

「その……未神様は女性でいらっしゃいますよね」

ちょっとひっかかることがあった。

好きな相手も女性みたいだし、まさか男のとかじゃあ。


『うむ、妾は女子おなごの身に生まれておる。

されど、魂となる性癖は混沌、淫乱ビッチじゃし両刀バイじゃ』

うわー、いいのかな。堂々とカミングアウトしたよ。

なんか、この未神様めがみさまはすごいけど、すごく残念で駄目なひとなんだな。

ほうけたよう表情で口のはじからよだれたらしてるし、お股がむずかゆくて堪らないみたいな素振りで、もじもじとスカート掴みながら身動みじろぎしないで欲しい。

僕にはいないけど可愛い妹の悪戯わるさをみるような、自分の母親のあまりみたくなところをみるような、そんな何ともいたたまれない感じがする。


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