災厄の宿命に抗う未然の女神


 そこは灰色の霧に閉ざされていた。

 どこに立っているのか足下は覚束おぼつかなく、手探りしても触れられるものはなにもなく、自分が存在することすら不確かに感じられる。


 まっ白な空間じゃないんだな、そんなことを呟いた。


『テンプレどおりでなくて済まぬのう』

 声にふり向くと少女がいた。

 小中学生くらいの年齢にみえる女の子で、何故か灰色のメイド服を着ている。

 髪や瞳も灰色で雀斑そばかすだらけの笑顔だ。

 それまでの心ぼそさが薄れて何かほっとした。



 いえ、そんなことはいいんですけど、僕もどっからの元ネタかしりませんし。

 それより、テンプレでいくとやっぱり、あなたは女神様なんですか?


 女神だとしたら、見かけどおりの年齢としじゃないかも。

 なんか口調が年寄りくさいし、ロリババアってやつかな?

 あっ、やばい! たぶん思ってることがまるわかりになってる。

これって屹度きっと、激怒されるパターンだよ。

 長靴下ニーハイソとミニスカ短パンの間の太腿は絶対領域、パンツの布地の三角デルタ地帯は絶対空域、女性の年齢は絶対防衛の禁断聖域だ。

 どわっと冷や汗を掻き、泡食っておたおたする。



『うーむ、あいにくなのじゃ。

 妾はロリではあっても、ババアではないのじゃ。

 妾はそなたが赴く世界において数百年後、とある王家に生まれることになっておる。

 されど、それは必然ではない。

 未来はいまだ来たらず、存在は確定しておらぬ。

 妾が女神になるとしたらその頃には、ロリババアになっているやもしれぬが、この身は未だ女神ならざるものじゃな』


 少女はあっけらかんとして教えてくれた。

 えーと、結局のところどっちにしてもロリなんですね?


『妾は神となることを必然としておらぬ、“未然の女神”とでもいうべきものじゃ。

 そして、来たるべき災厄の宿命を未然にふせごうと抗う女神でもある』


 災厄ですか。

 これって異世界召喚ですよね。

 それと関係あるんですか?



『そのようなものはないのう。

 現魔王はやくたいもない争いを好まぬ。

 これは人間側の国家が魔王にかこつけて、領土拡大を意図しておるに過ぎぬ。

 それ故にやらかした勇者召喚じゃ』


 少女は憮然とした面持ちだ。

 そんなのありかよと絶句するしかない。



『隷属の魔法は能力まで封じられるから使用すまいが、王女の色香でいいようにたぶらかされるであろうな。

 まあ、当人達が納得ならそれでよいが、問題はそなたがどうなるかなのじゃ。

 そなたはすでに固有技能ユニークスキルを持っておる故、新たなチートを得る余地はなく、その能力は王らにとって不都合なものじゃ』


 ど、どういうことです、まさかあれですか?



『そなたの世界のとやらでいうところのステータスをみえるようにした。想い描きさえすればたやすく呼び出せよう』


 目の前に透過ウィンドウが開いた。



 職業: 盗賊 レベル1


 STR(筋力): F 非力

 DEX(器用): E 不器用

 VIT (頑丈): E 脆弱

 AGI (敏捷): E 薄鈍

 INT (知力): D 普通

 MND(精神): E 気弱

 LUK(幸運): E いいことなし



 低いとは思ってたけど低すぎる。

 のきなみEじゃん、Fもあるよ。

 Gなら、幼稚園児くらいだよな。

 薄鈍うすのろ不器用な盗賊ってなんだよ。


 それはいい、よくないけどいい。

 問題なのは技能スキルのほうだ。



 固有技能ユニークスキル:“覗き見”“盗み聞き”



 こんなのバレたら変態扱いされるし、幼馴染みサヤカに知られたら死ねる。


 中学に入って幼馴染みサヤカを女の子として意識するよになってから、幽霊のように壁やなんかをすり抜ける透明なカメラみたいに、彼女の着替えやお風呂で体を洗っているところがみえたりするようになった。

 女子更衣室のお喋りなんか聞こえるし、それが結構えげつなくて生々しいし、ものすごくショックだったりもした。


 見ないように聞かないようにしようとしたって、自分の意志じゃまるっきりコントロール出来なかった。

 毎日、オナニーと寝不足で目に隈をつくって登校し、やましくて幼馴染みサヤカの顔がまともにみれないかった。


 終りだ、お終いだ。

 異世界あっちいったら、きっと調べられる。

 女の子達みんなから、嫌われて軽蔑されるんだ。

 指差されてひそひそいわれて、唾かけられて爪弾つまはじきにされるんだ。



『案じなければならぬのはそのようなことでない。

 王とその周囲の者共はおのれらのはかりごとを見聞き出来るそなたを好むまい。

 あれらによって抹殺されよう』


 少女はくりんと眉根を曇らせた。


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