燃えよ! 作家魂

瀬夏ジュン

燃えよ! 作家魂

このシーンは、削らなきゃ。

というわけで、「選択」アーンド「back」っと。

で、この脇キャラがパパーッと走っていって、敵とからむところを追加、だな。

へへ。

それで読者の心をガシッとつかむ。へへへ。


消えたり増えたりする文字をけなげに映すモニター。

いまだに左右一本ずつの指でタイプされるキーボード。

それを交互に目で追う、おれ。

きっと口もとは、ローマの真実の口のように半開きのままだろう。

もしかしたら、よだれも垂れてるかも。くさいやつが。


はい、終わりっと。

ガシッ! トドメの句点キーを、右人差し指で押す。

あー、眠い。あー、がんばった。あー、エライぞ、おれ。

もう寝る。

横のソファに飛び込む。

おやすみ〜、の文字が頭のなかに浮き上がる間もなく、深い闇に落ちる。


だめだ。

あそこ削っちゃ、だめだろ。なにしてんだよ。

本当にいいたいこと、書かないでどうすんだよ。

説教臭くたって、残さなきゃだろ。

夢のなかで自問する、おれ。

きっと眉間には猪苗代湖のように深い縦ジワが刻まれていることだろう。

——小説書きはじめたころの気概は、どこいったんだ——

——大切なこと忘れて、書く意味あんのか——


目があいた。消し忘れた蛍光灯がまぶしい。

ガバッと起き上がる。イケアのデスクに座り直す。

底辺とはいえ、物書きのはしくれ。

あのシーンを、復活、復活っと。

……え? 

あるけど。

あれー、シーンがちゃんとある。

じゃあパパーッと走っていって、敵とからむっていう部分は……。

……あれー? 

ないけど。

おかしいな、さっき書いたはず。

あいた口から、よだれが垂れる。

あ、そっか。最後、作家の良心が持ちこたえて、やめたんだ。

よかった、よかった。おれって、エライ。エライぞ、おれ。

よし寝る。

ニトリのソファにダイブ。


うー。

星がないんだよ、うー。

ウケなきゃダメなんだよ、うー。

読んでもらえなきゃゼロなんだよ、うー。

浅い眠りのなか苦悶する、おれ。

いま両目をあけたら、右の眼球にvery、左にgoodの文字が、上弦の鬼のように浮き上がっているかもしれない。

——ベストセラーへの夢は、どこいったんだ——

——大切な目標を忘れて、書く意味あんのか——


ブワッと立ち上がる。

つながるシッポが哀しい時代遅れのマウスを握りしめる。

今となってはちっちゃい液晶が目覚める。

あ……? れ……?

もう直ってる。

下心まる見えのパパーッと走っていって、敵とからむやつは、ちゃんとある。

辛気くさいあのシーンは、……ない。

そ、そっか。人気作家になるDNAの切れはしが最後に発現して、ウケそうな感じに仕上げたんだっけ。

そうだ、そうだ、そうだった。

あー寝よう。もー寝よう。寝てやる。

飛び込む。


ね、寝れない。

心配でたまらない。

ここでまた起きて、パソコンをのぞいてみたら、今度はイッコ前に戻ってるんだよ、ぜったい。

どうしよう、このループ。どうしよう、どうしよう。

おれがいけないのか?

どっちつかずで半端な、おれの作家魂がいけないのか?

いや、もしかすると、これは小説の神様のしわざじゃないか? 試練じゃないか?

これを乗り越えれば、輝く未来が待っているんじゃないか?

星が40個とか。

そうなのか?

そうかも。

そうであってほしい。

神様! 神様!!


おっといけねえ。

作家たるもの、冷静でなくちゃ。自分をも俯瞰する客観視が不可欠だ。

とりあえず、セーブしときゃいいんだよ。

そしたら不思議なことも起きねえはずだ。そっからどーとでも出来る。

いいぞ、おれ。頼りになるぜ、おれ。

よし、起きて保存をクリックしよう。

いや、でも眠い。

眠いな。


           *


「もう、この子ったら電気も消さずに。いつから寝ちゃってるのかしら。いい夢見てそうな顔ねえ。あら、ぽんこつパソコン、つけっぱなし。大丈夫かしら、これ。こないだコンセント抜いちゃったら、半年間のデータぜんぶ飛んじまったじゃねえか! わーん! って泣いてたっけ。触らないようにしましょ。あららっ! こんなところに延長コードが。思いっきり引っかかっちゃったじゃない」

 
















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