シャトルの人

金木星花

 みっちゃんは強い。私はずっとずっと、彼女を見てきたからわかる。

 みっちゃんというのは、私の小学生からの親友、羽川美香はねかわみかのことだ。

 そんなみっちゃんが、今追い込まれている。

 でも、絶対に大丈夫だから!!



 そもそも、私とみっちゃんが出会ったのは小学校1年生の冬。みっちゃんが、隣の家に引っ越してきたのだ。

 内気な性格の私と、強気な性格のみっちゃん。全く正反対だけど、というか正反対だからこそ、私たちはとくに衝突することなく仲良くしてきた。

 みっちゃんは小学生の頃から、放課後はバドミントンのジュニアチームで練習をしていた。一緒に遊べた記憶は、あんまりない。

 それでも、学校にいるときはみっちゃんは私と仲良くしてくれた。ときには、いじめっ子たちからも守ってくれたりもした。

 私はみっちゃんが守ってくれる代わりに、みっちゃんの大会の応援には必ずいった。

 中でも一番印象的だったのは、「全国小学生ABCバドミントン大会」だ。

 県の予選を一位で勝ち抜いた人だけがいける全国大会。みっちゃんは、それまで同じチームのエースの子に勝てず、県では二位止まりだったが、6年生の予選では初めて優勝することができた。

 その後の全国大会では、運悪く優勝候補の子と同じリーグになってしまい、勝ち進めなかった。が、そのあと負けた人だけで組まれた「下位リーグ」というトーナメント戦では優勝し、敢闘賞を取ることができたのだ。

 そのときのみっちゃんは、今までで一番カッコよくて、美しくて、応援しているこっちが感動した。みっちゃんの光る汗が、キラキラと輝いていた。

 中学では、私もバドミントン部に入部した。

 運動は苦手。それに体力もない。

 だけど、みっちゃんが的確なアドバイスをしてくれたので、私は未経験者なりにも上手くなることができた。

 みっちゃんは、1年生から大会で大活躍した。県大会では不動の一位。関東大会でも、ベスト8の成績を修めることができた。

 そして、3年生になり私たちは部活を引退した。

 みっちゃんは、県外のバドミントンの強豪校からお誘いがかかってきた。私は、もうみっちゃんとは離れちゃうんだ、と思ってひとり悲しんでいた。

 しかし、みっちゃんは地元のそこそこバドミントンが強い高校を選んだのだ。

「なんで強豪校に行かなかったの?」

 私は心配になって聞いた。もしも、私のことを思って自分の夢を諦めちゃったのなら……。

 しかし、みっちゃんの答えはあっさりしたものだった。

「え、お金がかかるから」

「……ほんとに、それだけ?」

 もう一度聞いてみる。

「まあ、ちぃのことが心配じゃない、って言ったら嘘になるけど……」

 ちぃ、とは私のことだ。

「じゃあ、ダメだよ! みっちゃんは、もっと強くならなきゃ!」

 私は必死に訴える。みっちゃんに迷惑をかけたくない。私のせいで、とか、そんなのは嫌だ。

 すると、みっちゃんは微笑んだ。

「大丈夫だから。これは、私が自分で決めたこと」

「でもっ……」

「それに、強豪校に行ったからといって、必ずしも強くなるとは限らない。……結局、本人の意思次第で環境なんてどうにでもなるんだよ」

 みっちゃんは、自分で一度決めたらもう迷わない子だ。きっと私が何を言っても地元の高校を受けるだろう。

「わかった。じゃあ、一緒に受かれるように頑張ろうね!」


 みっちゃんは、その高校に受かるには少し学力が足りなかった。だから、人一倍努力していた。

 私はというと、小さい頃から勉強しか取り柄のないような子だったので、そこまで苦労はしなかった。


 結果、私たちは2人で合格した。


 ここまでは、順調だった。だったはずなのだ。


 なのに、5月の試合で。


 みっちゃんは、一年生ながらにデビュー。県一位の実力があるなら、当然といえば当然の結果だ。

 私はそこまでの実力はないので、応援に行くことになった。


 みっちゃんは、二回戦で敗退した。


 別に、相手が特別強かったわけじゃない。みっちゃんの実力が、ものすごく落ちていたのだ。


 みっちゃんは、泣かなかった。ただ、自嘲気味に笑っていた。あの、輝く汗はどこか、黒く濁っている気がした。

「私のせい」

 みっちゃんは、ある日唐突に話し始めた。私は黙って聞く。

「受験勉強のとき、勉強の合間にちょっと練習したりとか、しようと思えばできた」

 それでも、と言ってみっちゃんは一呼吸おく。

「それでも、やろうとしなかった。バドミントンから離れた世界にずっと憧れてたから」

 と聞いてびっくりする。みっちゃんが、バドミントンから離れる?

「もっと、ちぃと遊んだりしたかったんだもん」

 私はみっちゃんを見た。すると、みっちゃんは目を潤ませていた。

 一緒に遊びたいと思っていたのは、私だけじゃなかったんだ……。

「みっちゃん……」

 ごめんね。私、みっちゃんのこと全然考えてなかった。私はいつも、みっちゃんに助けられてばかりだ。

 私は、そっと無言でみっちゃんを抱きしめた。


 それからのみっちゃんは、今までの何倍も努力していた。まず、朝は家の周りを1時間ランニングしていた。私も早く起きて、みっちゃんのタイムを計ったり、たまには自分もやってみたりした。

 そうやって、挫折から立ち上がっていった。



 そして、今。

 私たちは、高校2年生。

 みっちゃんがバドミントンにおいて、大きな挫折を味わってから1年。

 今、みっちゃんはまた同じ舞台で戦っている。


 決勝戦。相手は、一つ年上の先輩。みっちゃんのジュニアの先輩らしい。昔から一度も勝てたことはなく、みっちゃんが苦手としているタイプのプレーをする。


 実際、既にみっちゃんは追い込まれていた。1ゲーム目は相手に取られ、2ゲーム目はなんとかデュースで取り返したが、気持ち的に余裕があるのは明らかに相手側だ。

 そんな中、試合は進められていく。


「ファイナルゲーム、ラブオール・プレイ!」

 審判の声が軽くこだまする。


 みっちゃんのサーブ。天井に付くか付かないかのギリギリな高さ。初発からこのサーブを食らうと、正直打ちにくい。

 しかし、相手もトップクラスの選手。みっちゃんの綺麗なサーブを、しっかりスマッシュ(上から速い球を打つ技、決め技のようなものだ)を、ラインギリギリを狙って打って来た。

 みっちゃんも負けじと、それを返して、ネットギリギリを狙う。

 相手がそれをスピンをかけて、もう一度ネット前へ返す。それをみっちゃんが狙って決めに行く。

 ……と思ったら、みっちゃんはネットにかけてしまった。


 みっちゃんの顔に、笑顔はない。むしろ苦しそうだ。


 また一点、二点……と相手にどんどん取られて行く。

 みっちゃん……。

 みっちゃん!


「みっちゃん!!」


 辺りが、しん、とする。


 私は、相手の子がサーブを打とうとする瞬間に、無意識で声をあげていた。

 原則、プレー中の応援は禁止だ。それ以外でも、選手の邪魔になるようなことがあれば……。

「そこ、プレーが始まる瞬間に声をあげないでください!」

 案の定、審判に注意された。

「すみません!」


 顔が熱い。最悪。恥ずかしい。思わず、顔を下に向けた。


 ていうか、みっちゃん、こんなことしたら怒るんじゃ……?


 そう思って、恐る恐る顔を上げると……。

 みっちゃんが笑っている。

「みっちゃん……」

 そっとつぶやいてみる。

 すると、みっちゃんは「大丈夫だよ」というように、小さな拳を作ってみせた。

 みっちゃん……!!


 相手のサーブ。相手はダブルスが得意なプレーヤーなので、サーブもみっちゃんとは真逆の、攻撃的なサーブだ。低くて、速い。

 いつもなら、ここで打ち負けてドロップ(後ろから前に落とす技)に逃げてしまうみっちゃんだが……。

「っ!」

 声にならない声を出しながら、スマッシュで打ち返した。

 相手は、それに対応できず甘い球を返す。

 いっけーーー!!!


 ぱこんっ! と、気持ちのいい音が鳴った。

「ナイショー!」

 私が叫ぶと、みっちゃんは今度は大きなガッツポーズを見せた。


 いける。


 これならいける。


 私にはわかる。

 みっちゃんができること。

 みっちゃんが強いこと。

 みっちゃんは、バドミントンをしている時が、1番輝いていること。


 だから、勝てる。

 大丈夫だ。


 みっちゃんの汗は、小学6年生の夏のように、キラキラと輝いていた。


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シャトルの人 金木星花 @kaneki-hoshika

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