第12話
肩を叩かれ、私の意識が今回の死確者と出会う直前から現在へと戻る。
振り返ると、そこにはあの2人——2天使が。
「まだ来てないのか?」知り合いの天使に問われる。
「そういうそっちはもう来たのか?」逆に問い返す。
私たち天使は、魂がどこか勝手に彷徨われてしまわないよう、“先導課”の死神に引き渡すまで待っていなければならないのだ。
「強制連行されてった」
「手荒なことして大丈夫なのか?」
これまでの様子から察するに、十中八九未練は解消されていないと思われた。
「アッチ行きはもう決まってっからな」
アッチ——黒は地獄行きということか。
「ハンケツなしで?」
通常どの人間にも一律にサイバンを受ける権利はある。
「お前だってこの数分間で十分過ぎるほど分かっただろ? どんな極悪人かってのがさ」
だが、誰がどう見ても悪い場合は特例として省かれる。
彼曰く「他にも捌かなきゃならない死者は山ほどいるしよ。ま、作業の効率化ってやつだよ」ということらしい。
「てかぶっちゃけ、こいつがどうなろうが俺には知ったこっちゃない」
「随分な物言いだな」
私がそう言うと、顔だけから体ごとちゃんと向けてくる知り合い。
「俺たちゃ天使だが、聖人君子じゃない。好き嫌いぐらい程度のことはあったってバチは当たらないって」
まあ、おかげで私の死確者も未練は果たせたようだけれども推定死亡時刻よりも早く殺されてしまったわけで、その点について私としてもあまり快く思っていないというのも確かだ。
それには同意しながら、同意できない別のことを指摘した。
「私たちは聖“人”ではないぞ?」
眉をひそめる知り合い天使。
「その辺はアバウトでいいだろうよ。相変わらず細いね〜嫌われちゃうぞ」
「うるさい」
「冗談冗談。で? まだ来てないの」
「来てないよ」
「そもそもさ……死んでんの?」
「ああ」
「100%?」
「疑ってるのか?」
「多少」
「……胸は動いていないし、口元に手をやっても風がこない」
「ほぉー」
「それにさっき、警官が既に死亡していると言っていた」
「じゃあ死んでんな……」顎に手を当てて悩みだす。それほどまでに私は信用ならないのか?
「まあーあれだよ」然程立たずに手を解く。
「お前の担当した死確者は最も遅く死者になったからじゃねえの? いくら先導課の死神は多いとはいえ、数に限りはあるんだし」
まあそうなんだけれども、私が言いたいのはそこでは——そうだ。
「前の時はどうだったんだ?」
「前?」
「ほらあの、言われてたよりも早く死んでしまった死確者だよ」
「あぁ。ん? てことはお前……」
理解したように驚く知り合いに「そういうことだ」と告げると、口を不器用な形に開いて数回頷いた。
「なら、まだ問題はない。あん時俺も遅かった」
「どれくらいで来た?」帰れるなら早く帰りたい。今日はもう疲れた。
「覚えてない」
「なんと……」
「お前だって担当がいつ死んだかなんていちいち覚えてないだろ? そんなん全部覚えてたら、こっちがおかしくなっちまうよ」
「そんじゃ俺は次の仕事が来たから、お先にこの辺で」と帰ろうとする知り合い天使とヤッちゃん担当の天使に私は「最後に質問しても?」と引き止めた。
「なんだ?」知り合い天使が反応。
「あっいや……そっちの、彼に」
「あっ僕ですか?」と隣にいた、ヤッちゃん担当の天使が己を指差す。
「ええ、ちょっと確認しておきたくて」
「大丈夫ですよ。なんですか?」
「姿が見えない時が多かったんですが」
「あぁ……僕の死確者に外に警察が来てないかどうかをチェックしたり、黒瀬さんの動向を見張ったりしてくれって色々と頼まれてたんです。だから、ここに来てからあまり一緒には」
「動向ってことは、前々から怪しんではいたんですか?」
「いや、私が偶然耳にしたので教えただけです。それから色々と探りを入れてみたら計画してる上に、拳銃を入手してることを掴みました。それで、僕の死確者も急いで入手したというわけです」
そういうことだったのか——
「あと」私は次の質問に移る。「赤い頰の男は辞めていた銀行強盗を何故再開したんですか?」
「辞めていたこと、よく知ってますね」
「他のメンバーが話しているのを小耳に挟んで」
「そうですか。質問についてですが、正確には再開ではありません。今回限りです」
「というと?」
「死確者の母親は難病を患ってたんです。早急に手術が必要だったんですが、そのために必要な費用が多額でとても払える金額じゃなかった。昔盗みだしたお金は、足を洗うと同時に全て寄付に回してしまった。やむなく、銀行強盗を計画したということになったんです。昔の仲間とともにね」
続けて、雇ってくれた会社に迷惑をかけまいと、会社を辞めたと教えてくれた。
そこまで聞いて私にあることがよぎった。
「ということはつまり……」
「はい。僕の死確者も言われてたより早期に死亡しました」
少年を助けるために、2人の男が死んだのか。同じ境遇にいるのに、なぜ私の方が遅いのか——そんなことを思いはしたが、今は一旦保留しよう。
「じゃあ未練は果たせず終い、ということですか?」
「微妙なところですね。誰かを助けたいというのは強い未練です。それが自分と近しければ近しいほど強くなっていきます。自分の親ならそれは相当なものです。ただ、あの少年を救うために偽りなく放棄していたというのも事実なので、少年を救えたから、というのもあるかと。まあこの先は、先導課の技量次第といったところでしょうか」
私は「成る程……」と頷きながら視線を落とし、「母親はどうなるんだろうか」と呟いた。
ただの独り言だった。それも深く考えたとかそういうわけではなく、これもただの思いつき。
「子供の命を助けた」
知り合いが突然口を開き、私はおもむろに顔を上げる。両者とも私を直視している。
「だから、代償を払わなきゃいけないんだ」
「突然どうしたんだ?」さっきとは異なり、声のトーンが重い知り合いに問う。
だが、それには答えず、代わりに何かを取り出した。
「さっき、配達課から渡された」
そう言って見せられたのは、封筒。
「いつものだよな?」
「そうだ」つまり、この中には次の死確者の情報が入っているというわけだ。
次の担当死確者まで時間がない場合、配達課の死神が封筒を渡し現世にやってくることがある。ちなみに私にはまだない。
「それがどうかしたのか?」
「これが代償だよ」
「は?」
虚空を見上げ、1つ息を吐く。そして、視線を戻す。
「次の俺の担当はその母親だ」
沈黙が流れる。辺りは人間が行き交い騒がしいけれども、私たち3人は誰一人口を閉じていた。
「……そうか」理解できなかったわけではない——私はその意を伝えることも込めて、そう告げた。
「そろそろ行くわ」
「引き止めて悪かった」
「いや」
それ以上は何も聞かず話さず、ただ「またな」と一言。私も「ああ」とだけ返し、2天使はスッと姿を消す。
思わずため息が出た。
「おじさんっ」またしても聞き覚えのある声が聞こえたので見てみると、そこには死者に駆け寄ってくるタイチ君が。
すんでのところで横から両腕を伸ばした警官に止められる。私からは背中しか見えないため、どんな警官かは分からない。
「おじさん、おじさん!」
タイチ君は手足をバタつかせ必死に解こうとするが、精神がしっかりしていても体は子供。
「ダメだよ、ボク」警官は姿勢を低くし、同じ目線に合わせる。
後方には申し訳なさそうに近くの警官に謝っている母親の姿がチラッと見えた。
「はなして、はなしてよ!」
「ボク? ここは勝手に入っちゃダメなん——」
「たすけてなきゃ」
押し負けた警官は思わず黙る。
それだけじゃない。その近くにいた警官や事情聴取を受けている大人たち皆沈黙し、タイチ君一点に集中している。誰よりも小さい子が誰よりも大きな声を出したのだ。
「おじさんはわるものからたすけてくれた。おじさんはひーろーなんだ。だから……だからたすけるんだ」
「……行こうボク」
警官は何かを飲み込んだ後の重苦しい声を出し、タイチ君を軽々と持ち上げた。それでも、抵抗をやめようとはしない。
「どうして?」タイチ君は首を振り、方々にいる大人たちに疑問の声を浴びせる。
「どうしてみんなたすけないの?」
残酷にも、死者とタイチ君の距離はどんどん離れていく。何も発しない大人たちにタイチ君は苦悶の表情を浮かべ、再び「はなしてっ!」と抵抗する。
「だれもたすけないならぼくが……ぼくがたすけるんだっ! だから、はなしてよ!!」
必死に振りほどこうとしている。どんなに遠くなっても一向に諦めない。
「『何かを得るために何かを失わないといけない』。確かにその通りでしょう」
「ですが……」私は再び死者の顔を見た。満足かどうかは分からないが、幸せそうな笑みを浮かべている。
「失っても無くならないものはある。そんな気がするのですが、どうですかね」
返事は当然ない。私は正面に顔を戻す。
この後、入っている仕事も私事もない。別に急ぐことはないのだ。
しばらく待って……そういえば。やろうと思えばいつでもすぐできることだが、なんやかんやしたことがなかった。
私は腰を下ろす。両膝を山型に突き上げるように立てて曲げ、踵を揃え、最後に膝を囲むように両腕で抱え込む。
そして、本物のヒーローの顔を見て、「“体育座り”、ってこれで合ってますかね?」と背を伸ばしながら語りかけた。
天使とヒーロー〜天使と〇〇番外編〜 片宮 椋楽 @kmtk
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