第11話
いつもの空き地でいつもの死神に会う。
土管に座って、右隣に座った死神から死確者の情報が入った封筒を受け取った。相変わらず、分厚い。
そういえば、死神に何か訊きたいことがあったような気がするのだが……肝心の内容がどんなだったか思い出すことができない。
今回の死確者の名は、渡辺秋人。男性30代後半。
「んじゃ帰るな〜」
死神は座ってた土管から地面へ飛び降りる。
「今日はおしゃべりしないんだな」
「たまにはそういう時だってある。てか、おしゃべり言うな」
「悪かった。それじゃあまた」
「おう」
私は再び目線を落とす。どうやら今回の死確者は妻子に先立たれているようだ。
資料によると——仕事ばかりしていたために、子供と遊園地に行く約束を果たすことができず、代わりに妻がその埋め合わせをしようと不慣れな運転で車を走らせていたところ、ダンプカーとの衝突事故を起こして——ということらしい。
それがきっかけで、長年勤めていた刑事の職を辞し、今は日雇いの——ん? 刑事??……あっ!
「なあっ」私は死神を呼び止める。
「ん?」
間一髪、間に合った。
「なら今日は私から話したいことがあるんだがいいか?」
死神はその場で静止していたが、少しすると駆け足で戻ってきて、土管近くで地面を蹴り上げて、半回転しながら私の隣に座った。
「できた~」唐突に何かの達成結果を報告しながら満面の笑みで教えてくれる。
「……話してもいいか?」
改めて私は頂いてない返答を得ようと確認を取る。
まあわざわざ走って戻ってきてくれたわけだから、何となくは察しているけれど。
「どうぞどうぞ」
「この前、知り合いの天使が変な経験をしたんだ」
「おっ、随分と引っ張る言い方すんね~」
「どんな経験よ?」足を軽くバタつかせる死神に私は話し始めた。
「私の知り合いの天使が、死者になるまで時間のある死確者を担当したんだ。その死確者は刑事で、道端を歩いている時偶然指名手配犯を見つけたらしいんだ。それで追いかけていたら、なんとな……車に轢かれて死んでしまったらしいんだ」
「うん」死神は頷く。
「……ん?」薄い反応に、思わず口から漏れる。
「え?」
「へ?」
「お?」
「ほ?」
「いや、フィラー! エ段オ段ばっかじゃんか!!」死神が叫ぶ。
「そう言われたって、そういう反応しかできないんだから仕方ないだろ?」
「仕方ないっていうか、こっちが続きがあるって思うのはむしろ当然の反応だろうが」
そう言われると確かに、さっきの死神の頷きが先を待っているかのような素振りであったとも思えなくない。
だが、そもそもの話、会話が噛み合ってないような気がする。
「だが、これ以上は続きも何もない。教えられていた推定死亡時間よりも遥か前に死んでしまった、それで話は終わりなんだから」
「んんんん? もしかしてお前——知らないの?」
眉をヒョイと上げた死神からまさかの訊き返される。
「何がだ?」
「『もっと早く知らせてくれれば余裕を持って仕事をできる』って、よくお前が愚痴ってることにも関連してくることなんだけどさ」
死神の話をよく聞くべく、私は体を向ける。
「死因と死亡時刻はそれぞれ、天使に回ってくる時には既に決まってる——けど、必ずしもそうなるとは限らないんだ」
淡々と言う死神とは対照的に、「なんだって!?」思わず前のめりになるほど感情的になる。まあ、私たち天使には心がないのだが。
「おぉー……そういう驚き方する奴、久々に見たよ」にやける死神。
「いいから、早く続きを。続きを詳しく教えてくれ」
「詳しくっつーても、それくらいに特定は難しいとしか言いようがないんだけどな」死神は頭を掻きながら続ける。
「何気ないことをするだけで一気に寿命が延びたり、縮んだりしちまう。それどころか、全く関係ない人がしたことが当の本人に影響を与えちまったりすることがあるんだからな。だから、半年位前に暫定的な死因と死亡時刻が出ても、さらに時間をかけてより確実なものにしていく。結果、お前ら天使に死確者情報が回ってくるのはギリギリになっちまうってわけ」
死神は鼻を三掻きし、話を続ける。
「あと、死確者の死因を教えられてもらえないこともこれに関連してんだよ」
今までの謎が解ける開放感に満ちた感覚を私は覚える。
「勿論、どっかで間違って言っちまって死確者に死ぬのを避けられられないようにするって意味もあっけど、実は天使の正常な業務を妨害しないようにって意味も含まれてんだわ。教えても変わる可能性があんのに天使が意識し過ぎたりしちまって、キャパオーバーにならねえようにって。ま、それも見ようによっては天使を信用してないって風にも取れちゃうんだけど」
知らぬところで心配されていたことに私は驚きを隠せない。
「だからって、隠し過ぎても『いつだろういつだろう』って逆に意識し過ぎて、仕事が妨害されかねない。だから同じく不確定だけども、死亡時刻だけは天使にも伝えられる。“推定”という形でな」
「そうだったのか」私はその事実に心から驚いた。心はないが。
「いわゆる、何事にもハプニングはつきもの、ってやつだよ」
「ハプニング……か」
「ま、少し考えればなんとなく疑問になるだろ? そうでなきゃ理論上は全ての死確者が死者になった時、すぐ冥界にやってくるはず、だって。だけど現実はどうだ? そうじゃないだろ??」
「現世に留まっちまう死者がいつまでも0にならないってのには、そういう背景があるの」と訊き、私は「成る程な」と相槌を打つ。
「ここまで脅すように話してきたけどさ、それはごくごく稀な話。てか、しょっちゅうあったら俺もお前もたまったもんじゃないだろ?」
確かに。
「まとめると、基本的には推定死亡時刻は一致する。だから、お前はそれに合わせて死確者の未練を果たすべく、淡々と仕事をこなしていけばいい。今日話したことに囚われ過ぎず、あんま不安がらずにこれからも頑張んなさい」
私の肩に手を置き、「新人くん」とにこやかに言う死神。
確かに、この世界では私の勤務歴はまだまだ浅い。仕事に慣れているわけでもなく、まだまだ学ぶことは沢山ある。
それに、新“人”ではない。
だがこの2つは今は胸にしまった。それよりも、言いたいことが1つあった。
「私たちは同期だろ?」
「ハ、ハ、ハ、ハァ!」大声で笑う死神。子供向け番組に出てくるようなヒーローよりも下手な笑い方。
「でも、よくそんなに詳しく知ってるな——同期、なのに」
「強調するなっ」と言い放った後、死神は一つ咳き込み調子を整える。
「そりゃ知ってるさ、俺は死神なんだからな」
何故か鼻高々に言われた。
「……だから?」
正直に伝えると、カクッと右肩を下方向に落とす死神。
「じゃあヒント。俺は死神は死神でも、配達課に属する死神だ」
「……うん、知ってる——だから?」
さっきよりもオーバーな動きで右肩を落とす。
「だからぁ! 死期を決める死定課の死神から封筒を貰ってる立場だから、仲良いの! で、そいつらから色々と話を聞けて、さっきの事も先週呑みに行った時にポロっと教えてくれたってことを言いたいのっ! なんでぇ分かんねーの!?」
「分かるわけないだろ。そんな端切れみたいな情報でそこにどう行きつけというんだ?」
「は、端切れっ……」
「端切れだろ、誰がどう見ても」
「そりゃあれか? 俺が話し下手クソで聞くに堪えないって……い、言いたいのかぁっ、このヤロー!」
若干だが涙を浮かべながら、声を荒げる死神。
恐ろしくオーバーに捉えていた死神に「そんなこと一言も言ってない!」と私も負けじと声を張って応える。
「話は上手だ! むしろ私が下手くそだ! 聞くのは堪えないどころか楽しいと思ってるっ!」
私が最大限に声を張り上げると、死神から「あっそう思っててくれたの?」と返された。
「そうだ」とさらに返すと、死神は再びワァッと涙を溜め出す。目元から溢れそうな涙を手で擦り、ホッとした安堵の表情で「ありがと」とお礼を言われた。
ただ正直に本音を述べただけなのに、何故お礼を言うんだ?
そうは言っても、お礼を言われたらこう応えるのがマナーである。
「どういたしまして」
互いに言い争いで崩れた姿勢を調える。一呼吸置いて私は「というかそもそも」と口を開く。
「知ったのはごく最近じゃないか」
「まあな」
「なのによくそんなさも昔から知ってる風に鼻高々と喋れたな」
これも本音。
「な、な、な、なんだとぉ!?」
だから先ほどと同様に感謝されるかと思いきや、違った。
まるで鬼のような形相を浮かべる死神。死神なのに鬼。
そして、私と死神の言い争いは再び熱を帯びた。
どれくらいか正確な時間は覚えていないが、相当長い間であったことは覚えている。
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