第3話
「そっか……頑張ってるんですね」
この子はいったい、何なんだろう。
彼女は俺が本屋を出た後もずっとついてくる。それで、今は黄昏に暮れる街を歩いていて、俺がまた人間って嫌だなぁと考え始める時間になっていた。
「どうして医者になりたいんですか?」
それは、本屋を出て暫くして、俺の背中側から不意に投げ掛けられた質問だった。
まだ彼女が俺の後ろにいたことが意外だった。
「どうしてと言われても……」
意外過ぎて、思わず立ち止まる。
「大変そうですよ、お医者さんって。そりゃ、人から尊敬されるし、それなりに稼げる職種かもしれないけど、人の命助けるんですよ?」
とても簡単に答えられる質問ではないように思えた。俺が親切に答えてやることもないのだけど、俺の足は止まってしまった。早足で駅に向かう人の流れの中で、俺はとても邪魔な、アンテナの壊れたロボットだった。
「それは……知りたかった、から」
「何を?」
「その……医者みたいなしんどい仕事してる連中の気持ちっていうか……どうしても理解できないんだよ、人を救おうなんて気持ち」
変な話だって思う。そんな動機だったんだろうか? そんな同機で医者に? それに、他人にこんなこと明かしてる俺も変だよ!
「理解できないから医者になる、ですか?」
「うん……」
俺は、彼女の質問に当惑している。混乱もしている。人間嫌いの俺が医者になりたいと思う理由……もっと他に何かあるのかもしれない。でも、そんなことは俺の中だけで野放しにしておけばいい思いだ。いちいち人に説明するなんてことは……
「人の命を助けるってことは理屈じゃなくて、すごく大変なんだよ。俺は、人間はいつか必ず死ぬもんだって思ってるから、子供でも老人でも、死ぬ時が寿命が尽きたときで、勝手に死んでいけばいいじゃないかって思ってて……だけど、それをわざわざ助けてやってさ、笑顔で病院から送り出してやるだろ? それって、嬉しいのかなって……それって本当に、純粋に他人の為に喜べるのかなって……俺、そんな気持ちわからなくてさ……」
アホらしいことだと思いながらも、そこまで言ってしまった自分がたまらなく恥ずかしかった。俺自身、まだそれが本心かどうかなんてわからないのに、赤裸々だと感じてしまう自分が、許せないくらい恥ずかしい。こんなことをまともに訊きたがる奴など、この世の中にいるはずがないんだ! そんな暇な人間は、いやしない!
彼女はすぐ俺の横にいて、俺を見上げているけど、その腹で何を思っているんだか知れないじゃないか。俺のこと知ってるって言ってた。それで、こんなにつきまとってるんだ。魂胆があるからだ。違うかっ!
俺は、逃げ出したくなった。だから、わざとらしく早足で歩きだした。小柄な彼女が小走りしないと付いてはこれないペースで。
横断歩道を渡る。渡れば駅はすぐそこだ。
「待ってください志水先輩!」
呼んでる。学校で、そんな呼び方されたことはないから、そんな奴は知らないよ! 俺は人間が嫌いなんだ! 人間不信なんだ!
「そんなに急がないでください」
横断歩道を渡りきる手前で、彼女に腕を引っ張られて引き止められた。
「慣れないことはするもんじゃないねっ!」
俺は投げ捨てるように彼女に言った。
「何がです?」
「わからない? 今、君みたいな女の子と、こうやって、口訊いてることだよ」
俺はイライラしていた。自分のペースを乱されることがたまらなく腹立たしい。
「それじゃあ、黙っててください。どうせ、あたしみたいな子はおかしいと思われてるんです。この際、思われついでだから、先輩にはあたしの話を聞いてほしいんです」
クラクションが、その時一斉に鳴った。ほら、言ったろう。人間は、みんな急いでるから、暇じゃないんだよ。
「俺はね、人間が嫌いだから」
げんなりして、俺はそれだけを告げた。彼女には趣味の悪いジョークに聞こえたかもしれないけど、真実なんだ。
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