君に出会ったことで

十笈ひび

第1話

 俺は、人間が嫌いだ。女も男も関係なくて、ひょろっとした細長い胴体に重そうな頭を載せて、地につかない足取りで気怠さそうに亡霊みたいに歩いている、そんな人間が嫌いなんだ。

 帰宅部の俺が夕暮れの街を歩きながら思うことといったら、どれだけ人間が嫌いかってこと。擦れ違う奴はみんなロボットだ。見えないアンテナを付けて、足早に歩いてる。何も考えてない……ように俺には見えていた。

 俺は、そんな人間と向かい合って意味のない言葉を交わすくらいなら、パソコンと向かい合い、アルファベットを打ち出すカーソルの点滅を見つめている方がずっとましだった。それほどに、俺は人間が嫌いだったし、これから先出会う人間に何も期待していない。俺が期待される人間になろうなんてことも考えていない。

 ただ……親の期待には添ってやろうか、とは思ってる。物分かりの良い息子でいてやろうって気持ちもあった。

 だって、しょうがないじゃないか、こんな俺だぜ? そんくらいのことしかできないんだよ。俺にはさ……

「あたし、園原乃里そのはらのりって言うんです」

 変な名前だと俺は思った。一度目にその声を聞いたのは、校門を出てすぐの所だった。

 バス停の列に一度並んではみたが、今日は徒歩で駅まで行くことにして、俺は列から抜けた。

 途中にある本屋に立ち寄ろうかと思ったせいもあったし、俺のクラスの連中がやけにバス停付近にたむろしていて、目障りだったってこともある。

「あたし、園原乃里って言うんです」

 SF小説を立ち読みしていた俺のすぐ後ろで、再びその声がした。さっきのその声の余韻を覚えている俺にとっては、穏やかじゃなかった。

 だって、それはまるで俺に言っているようで……

 俺は小説をもとに戻して、振り返らずに別のコーナーに移動しようとした。

「どうしてバスに乗らなかったんですか?」

 前に……俺の前に、素速く廻り込まれた。

 彼女の制服は俺の学校のものだった。

 間違いなく、彼女の視線は俺を見ていた。

「君、誰さ?」

 妥当だ。ごく、当然だ。俺を見上げているこの子は何年生か知らないけど、変だよ。見ず知らずの野郎にその質問は、変だ。

「あたし、園原乃里って言います」

 彼女は三度目の名乗りを上げる。

「ふぅん……変な名前」

 とだけ言って、俺は立ち去ろうとした──けど、腕を引かれた。

「どうして? どうして今日はバスじゃないんですか?」

 俺はうやむやに視線を天井に向けて頭をかいた。

 よくわからない、今の俺の置かれている立場というか、状況というか……。

「あんまし……意味はないと思うけど。本屋に寄りたかったしさ。そろそろ新書が出てんじゃないかって感じで……」

「そうですか」

 彼女は雲が晴れたような顔をして、ニコッと小さく笑った。

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