第2話
園原乃里という子は小柄で、長い髪を後ろで一つに束ねている感じが真面目そうな、その上けっこうかわいい子だったけど、俺には関係がなかった。人間が嫌いな俺にはね。
「俺のこと知ってるの?」
聞きたくなるのは当然だ。
「気になりますか?」
「普通さ……」
と言って、やめた。気になるのが当たり前じゃないか? と言いかけたのだが、よくよく考えてみると、
「俺、普通じゃないから……ま、いっか」
「普通じゃ……ないんですか?」
「……いや、まあ、ちょっとだけね。十代の感覚にしては冷めてるかなって、思う時が多々あるけど」
「十代の感覚って、どんなふうなんですか?」
「………」
墓穴を掘ったかもしれない。こんな所で門答を繰り広げている場合じゃない。俺はこの子を知らないし。
「あのね、もしかして、俺のこと知ってるならさ、ヤバイと思うなぁ、こういう光景は。後々妙な誤解を招くおそれがある。それにね、楽しくないことを勧んでやろうとするのも、どうかと思うよ」
彼女は腑に落ちないというように首を傾げた。
「楽しくないことだと……思いますか?」
俺の学校での評判ははっきりいって悪い。友達もいないし(作る努力を怠った結果ではあるが)、漫画を読んでいただけでオタク呼ばわりされるし、俺の掛けている眼鏡が趣味が悪いだの何だのって陰口をたたかれるし、人を見る目付きが陰険だとか、なおしようのない忠告を受けるし。
……気にはしていない。だけど、友好的に付き合っていこうなんて気持ちは失せた。振り返ってみれば、俺の高校生活はかなり淋しいものだろう。何はともあれ、それも今年で終わりだけど。
「たぶんね。君が俺のことからかってるっていうんなら別としてさ」
どうせそんなところだろう。
「あたし、志水先輩のこと知ってます。気にしないでください。からかったりしてませんから」
また、彼女はニコッと笑う。
そんな彼女の笑顔の後の印象にひっかかりを感じたが、俺には関係ないことだった。
俺は軽く肩をすくめると、彼女を無視して学習書のコーナに移った。
「難しい本ですね」
彼女は俺の後をついてくる。追い払う理由もないけど、付け回される理由もない。だけど、嫌な気分ではなかったから、あえてそのままにしておいた。人間嫌いの俺にとっては珍し傾向だ。まるで自分自身に冒険してるかのようだ。どうせ、この子もすぐに飽きてどこかに行ってしまうのがおちだろうけど。
「物理の強化ブックだよ。この出版社のが一番レベルが高いんだ」
「そっか、先輩って受験生なんですよね」
「そうだよ。大変だ」
「余裕ですか? 他人ごとみたいですね」
「まあね。俺が行きたい大学は二次試験に国語がないから、その分気が楽だよ。おかげで苦手な英語に集中できる。あとは得意科目ばっかだし、まず大丈夫とは思ってる。でも何が起こるかわからないのが人生ってもんで、念には念を入れておかないと……」
俺は、今見ている参考書を手にしてレジへと向かった。
「どこの大学を志望してるんですか?」
「医学部があるところだよ」
「医学部? 医者になるんですか?」
彼女は俺がレジに並んでいる間も質問をやめなかった。
「なれればいいけどね。まだ大学にも入ってないし……わからないけど」
俺は俯いて自分の靴を眺めた。
何を、言ってるんだろう、俺。……わからない。
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