第4話

 近くにあったハンバーガーショップの二階に俺と彼女は落ち着いた。でも、俺はあれから一言も喋っていない。今俺が食べてるチーズバーガーとコーラーは彼女が注文した物だ。勿論、お金はむりやりに俺が払った。

 俺は変なところで見栄を張っていた。

「あたしが思ってること、言ってもいいですか?」

 そのつもりじゃなかったの? という風に、俺は彼女を一瞥した。けど、この目付きが級友(?)いわく、陰険なんだそうだ。

 彼女はしばらく黙っていた。そのことが、ますます俺に不信感を抱かせた。何か企んでいるに違いない。明日の朝になれば、俺が笑い者になっているような何かを。でも、もしかして、何か他に、彼女のごくごく個人的な理由があるとするなら……そしたら、これは出逢いってことかもしれない。

 はっ、とした。馬鹿げてる。こんな所で向かい合ってチーズバーガーなんて食べてる場合じゃない。彼女の目的が何だかしれないけど、早く決着をつけないと。

 からかわれているのは、俺か、彼女か。

「俺はね、人間が嫌いだって言ったろう。嘘つくからだ。裏切るからだ。それに、うるさいから」

 啖呵を切るように言ってやった。先手必勝って感じで、少しスッとした。

 彼女はぽかんとした顔をして俺を見ていた。呆れたんだろうな。

「そっか……」

 彼女はコーラを一口飲んで笑った。

「そういうのが、十代の感覚にしては冷めてるってことなんだ」

 フフフと、また笑った。

「志水先輩なんてやめよう。変だもん。同級生なのに」

 ハンバーガーを頬張った俺は、ぎょっとして彼女に向いた。

 やっぱり、からかわれていたのは俺だ!

「あたし三年二組の園原乃里。クラスも違うし、一学期に編入してきたから、知らなかったでしょう。歳は志水君より一つ上だと思うわ。あたしは志水君のことよく見てたから知ってたの。……ごめんなさい」

 編入という部分は少し気になったけど、一方的に知っていて、そうやってからかわれるのは……「すごく不愉快だ」と言ってやった。

 そうだ! だから人間なんて嫌いで、そんな人間の彼女だって……

「怒ってる?」

「怒ってはないよ。元々こういう顔してんの。俺の顔はいつも不貞腐れてて、貧乏神を寄せつけるそうだよ」

 さっきまでは、もしかすると少しだけ人のよさそうな顔をしていたかもしれない。だけど、もう駄目だね。今はノーマルだ。いつも教室で見せてる、埴輪のように無表情なんだ。

 彼女はよく笑う子だった。また笑っていた。クラスの女子連中が見せる笑いと少し違っているように思えたけど。

「言っとくけど、俺はとても性格が悪いよ。こんなことしてたら、明日から君のこと俺の彼女だって言い回るよ」

 とんでもない! と慌てふためいて立ち去る彼女を想像していた。

「本当に? ……嬉しいな」

 テーブルに肘をつきながら手の甲に載せていた顎を、思わずガクンと落してしまった。

「オタクは質が悪いんだよ。知らないの」

 俺も、言ったもんだ。

「そんなことちっとも知らなかった」

 彼女には何も堪えないようだ。むしろ楽しそうにも見えた。そんなに人をおちょくるのが楽しいのか!

「あ、そっ。それなら今後は知っておくべきだね」

 俺はコーラを飲み干し、テーブルに勢いよくカップを叩きつけて立ち上がった。こういった墓穴ならいくらだって掘ってやるよ。こっちだって慣れてるんだから。

「俺が人間不信だって再確認させられたよ。これからはもっと人間が嫌いになれそうだ。じゃあね!」

 俺はでも、その時すごく悲しい気がして、慌てて彼女に背中を向けていた。 泣いてしまいそうな気がした。何かが違っていたように思う。

「あたしは好きなのに!」

 その言葉はすぐに返ってきた。ただ、その時、俺が振り向くことが、勇気だった。

「あたしはじゃあ志水君の逆ね! 人間が好きなんだっ!」

 彼女は、俺を引き止めるように早口だった。声も大きめで、他のお客さんにもはっきりと聞こえたはずだ。彼女も、勇気だったんだ。

「電車……もう出ちゃったな」

 俺は腕時計を見て呟いた。長針と短針が示す時間なんてちゃんと見てやしなかったけど。

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