第8話

桜庭平和を朔太のいる部屋に案内するため、廊下を二人で歩く。

「高坂さん、貴方はもしかして私が朔太を操っているとでも思っておられますか?」

毎月の養育費を請求する千尋をよく思っていない平和が、息子に会い、殺すよう洗脳して操る。そう考えたこともあったが、そんなことが可能なのだろうか。

沈黙を肯定と受け取ったのか、平和は話す。

「朔太の中のヒラカズは、五回分の私との会話で得た情報のみで形成されています。仕草や話し方の癖は真似できたとしても、私自身の思考パターンまで完璧に真似することは不可能です」

「何が言いたいのですか」

「ですから、朔太の中のヒラカズは、桜庭平和ではなく、ヒラカズという私に似た人格です。似ているだけで、ヒラカズの思考は朔太がオリジナルに形成している、つまり、朔太の思考も入り混じっているのです」

立ち止まり、振り返る。平和は目を細めた。

「ヒラカズという人格が朔太の母親を殺したのは、朔太が無意識下に母親を殺したいという意志があったから。それがヒラカズの思考と混じりあった」

「朔太に殺す意思があった…。自分に殺す意思があるのにも関わらず、それをヒラカズに押し付けた、と?」

「そういう考えもありますね。ですが、真相は本人に聞くしかありません。まあ、真実を話してはくれないでしょうけれど…」

都合よく記録を隠してしまうでしょうから。そう平和は付け足した。


朔太のいる部屋にたどり着く。ドアをノックする。婦警がでてきて、「さきほど起きました」と言った。それから平和に一度頭を下げ、立ち去った。

朔太は目を擦りながら、こちらを見た。高坂と、その後ろにいる平和を見て、慌てて立ち上がる。

「ヒラカズ!」

躓きながら、早足で平和のもとに向かう。平和は微笑んで朔太の頭を優しく撫でる。

「どこにいたの。なんで会いに来てくれなかったの。なんでお母さんを殺したの」

「朔太、私はお母さんを殺していないよ」

「じゃあ、誰が殺したの」

平和はしゃがんで、朔太と目線を合わせた。朔太の両手を優しく握り「知らない誰かだよ」嘘をついた。

「でもヒラカズがいたんだ」

泣きそうな表情で、平和の手を振り放そうとする。

「それなら、私がお母さんを殺したのを見ていたのかい?」

高坂は黙って二人の会話を聞いていた。

朔太は過去の記憶を探っているのか、目を閉じて、それから首を横に振った。

「…見てない。いつの間にか、あ母さんが真っ赤になってた。だから、さっきまでヒラカズがいたから、ヒラカズがやったんだって思った」

顔を上げて、平和は高坂を見上げた。続けて、朔太も見上げる。

「…だそうですよ。高坂さん」

高坂は何も言わなかった。

ただ、この二人の異常性に、恐怖した。



end.

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ヒラカズ 甲藤 @kouhuzi

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