其ノ捌話「怪奇・洋猫の館伝説」栄螺


母衣加地域の繁栄は軍事産業と金と言う

双璧の繁栄が生み出したものだったようだ


琴美のあの宿もその景気で栄えたのだろうか


何より人口が多ければきっと人気もあり

たくさんの金が落ちた事だろう


あの凝った作りの宿も納得できる


「あの宿についての記述はどこかにないだろうか」


さらに手元の本のそれらしき記述を探したら

ペ-ジの一部に大正時代頃の

地方新聞の切り抜きの写しが入っていた


『子ナキ夫婦ノ救世主 子宝ノ湯 岩傍ノ温泉』

『嫁シテ三年子無キハ カノ温泉ヲ知ラヌユエ』


金でも包んだのか大げさな宣伝記事のようだ


「あの湯治場は子宝の湯として有名だったのか」


まぁ、子宝の湯と言っても

昔は結婚しても親族と同居も当たり前で

夫婦生活なども遠慮なくできる環境ではなく


新夫婦がシャイであればあるだけ

子作りなどできない環境だった筈だ


そこでああいう宿に送り込むと

親族の聞き耳も気にせず

ストレスフリーになった夫婦が

励んだ結果…


めでたく懐妊!


という図式なんだろうなと思えた


「よくある話 よくある話」


ニヤニヤしつつ俺はその紙を畳み込んだ



だが、その挟まれたもう1枚の紙を見て


俺は手を止めた


同じく古さを感じるその記事にはこう書かれていた





「岩傍温泉『栄螺ホテル』ノ授宝地蔵ニ祈リシ夫婦

 十年目ノ奇跡ニシテ我ガ子ヲ抱ク」


「栄螺ホテルニテ 授宝地蔵堂ノ夜籠会ニ集イシ信士」



そして荒めではあるが

夫婦が子供を抱いて微笑む写真が掲載されていた


この『栄螺ホテル』と言うのは

あの琴美の旅館の事なのだろうか


たしかに和洋折衷な建物で

当時の人間の目にならかなりモダンに写ったかもしれない



でも栄螺って、、

たしかあの海のサザエだよな?


こんな海もない山奥の旅館なのに

どんな由来なのだろう


まさかあのお魚くわえた猫を追うオバサンではあるまい


それに授宝地蔵堂とは?

そんなものがあの近くにあったのだろうか


夜籠会とは?


あいにくその手の民間伝承的なものとか

民族的なもの宗教的なものはからっきしわからない


数個の記事をスマホで写し

宿に戻るべく片付けようとした時



本棚の本の間から


古びた写真が1枚床に落ちた



「おっと、」


それをつまもうとして見ると


洋館を後ろに

微笑む白人の男性と

若い二人の女性が写っていた



「まさか これがあの洋館の?」



床に落ちた写真を慌てて拾い


焦って何か書かれてないかと

裏を返してみたが


何も書かれてはいなかった



一人の男性はきりっとした顔で

黒髪の短髪の白人の男性だった


女性の一人は若く20歳前くらいにも見えた

やはり白人でおかっぱの髪で

少年のようにも見える顔だちだった


もうひとりは黒髪の少女で

白人にも見えたが顔が濃くアイヌ系の和人のようにも見えた


少女の髪は長く

イニシャルが刺繍されたリボンでまとめられていて


そしてその腕には

毛の長い白黒の猫が抱かれていた



その写真もスマホで撮影し

俺は挨拶もそこそこにふるさとセンターを出た


一気に色んな情報を詰め込みすぎて

整理することが難しくなっていた



そして何よりも気になっていた

あの地蔵堂の話を琴美に確認したかった


あいつなら何かを知っているかもしれない


まだ この先に何かがあるのなら

自分ひとりでは思考の整理も難しくなる



「優秀な探偵には優秀な部下が必要だ!」


そう言い訳しながらも 

どうやって琴美に話そうか

どう相談しようか 俺は考えあぐねていた


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~ブン屋カナブンの怪奇事件簿~ 一 二 @kotonoha-ruin

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