其ノ漆話「怪奇・洋猫の館伝説」辰砂
熊離別健康センターは
日帰り入浴でもさせているのか
健康センターの駐車場にはひっきりなしに
車が訪れ、皆その手に入浴セットらしきものを抱えていた
大盛況な健康センターの駐車場の隅に車を停め
俺は向かいのふるさとセンターへ向かった
だがその建物は向かいの健康センターに比べて
薄汚れた感のある古い建物だった
「どう見ても昔使ってた役場とかの建物なのかなぁ」
入り口もまるで大正ロマンと言うか
昭和初期の和様建築の混じり合った体をなしていた
「ま、かえってこういう方が好みなんだけどね」
古い建物に入る時は心が凄く弾む
あやうく目的を忘れてしまいそうになる
玄関の天井につけられた立派な鏝絵を
垂涎もので見上げていると
「あの~」
役所の人間だろうか
年配の男性に声をかけられた
「あの~、町外の人には本はお貸しできないんでスが」
ああ、小さな自治体ではよくあることだ
「すいません、閲覧自体もダメですか?」
「熊離別村の歴史を知りたくて訪ねてみたのですが、、、
色々な村を周りましたが、とても良い村ですね」
嘘はついていない
出来る限りの笑顔で答えてみた
愛村心が強い人だったのか
男性は大変感激してくれたようだ
「よかったら村の歴史の記録のある記録室もご覧になりまスか?」
まってました!その言葉が聞きたかったんだ
人の良さそうな男性はすぐに鍵を持ってきてくれた
「資料室は2階になりまス」
飾りのついた階段は昔のできにしては広く
腰壁の大理石と相まって
昔の宮大工が作ったのだろうか
とても素晴らしい飾りがついた作りだった
「とてもいい作りの資料館ですね
以前は村役場の建物かなにかですか?」
手触りの良い手すりをなでつつ俺は聞いた
「そうなんでスよ 今でこそこんな過疎の村でスが
開村当時は何百人も子供がいたくらい人口があったんでス」
へぇ!こんな場所の村でも何百人も!
いくら昔は子沢山だったとは言え
それはすごい話だ
「と、言うと何か産業があったんですか?
林業とか農業で大当たりとか?」
山奥の村と言えばそのくらいしか考えがつかない
男が言った話はこうだった
琴美の温泉へ向かう旧道のその途中から
あの謎の館が見えると言う話の旧峠を越えて行った先に
母衣加と言う大きな居住地区があったそうだ
聞けばその母衣加はこの本村より栄えていて
大正の終わり頃にはもう簡易的な鉄道でさえ通してあったらしい
「その頃にもうそんな大きな町が?」
「ええ、そうなんでス」
聞けば村が開村したのは
明治の終わり頃で
母衣加が栄えたのは
そのさらに1~2年後くらいだったそうだ
だが、今はもう その母衣加も
先の世界大戦の終焉と同時に
ほぼ全員が村を離れていったと言う
そして最後まで住んでいた老人も
昭和40年頃にはもうそこを去ったと言う
「なんでまたそんなに大量の人が移住したんですかね?」
「全国から移住だったんだそうでスよ」
「えっ?」
男は資料室の鍵を開けると
近くの本棚の本をさっと抜き取り
笑顔でこちらによこした
「その理由はこの本に書いてありまス
自分はここに17時まではおりまスので
帰る際に声だけかけて下さい」
そういうと階下に戻っていってしまった
それにしても全国からとは?
明治の終わり頃・・・何があったろう
そういうときの考えがパッと浮かばない
もう少し真面目に勉強しておけばよかった
渡された本の埃を息で軽く吹くと
俺は「熊離別村 日録」を開いた
『明治三十五年 皐月 熊離別 先畠地区ニ入植 姉藤 巌翁 以下 十二戸』
ふーん、明治35年か・・・
姉藤さんと言うのが最初の村長なのかな
十二戸?話に聞くよりは少ないな
『同明治三十五年 霜月 熊離別 岩傍地区ニテ 温泉ノ源泉ヲ発見ス 』
へー、これは多分あの琴美の温泉の事だな
そんな昔からあったのか
『明治三十五年 師馳 熊離別 母衣加地区ニテ 硫黄鉱床ヲ発見』
硫黄?!
そうか、温泉があるって事は硫黄などもある事は考えられる
硫黄、、火薬?明治の終わり頃・・・・大量移住・・・
「ああっ!なるほど!!」
いくら俺でもわかった
「日露戦争のための軍事物資生産が大量移住のからくりか!」
・・・と、言うことは
簡易的な鉄道は軍事物資を迅速に港まで運ぶ手段か?
そして昭和の四十年代頃には
母衣加地区は消滅している
第二次世界大戦が終了し、日本が敗戦したせい?
「・・・」
だが何かが引っかかる
本当にそれだけでそんなに人が増えるのか
そんなに必要だったのか?
資料室をあちこち探すと
村の地形を記した地図が見つかった
それを開くと色んな地区の名前や沢の名前などが書かれていた
「ふーん、やはりあの温泉の場所は岩傍地区なんだな」
そして母衣加地区は
あの峠の向こう側の台地にあるらしかった
そしてその台地の北側を沢が通っていた
そこには「三塚沢」と書かれていた
「沢の名前が、、、
ミツカサワ・・かな」
別のページをめくると
そこにはカタカナで「フレナイサワ」と記されていた
フレナイ・・・よく聞く名前だ
たしかアイヌ語だな
フレは赤で ナイは沢とか川の意味だったはず
「赤い川・・・?」
それが何故 『三塚』になるんだろう
塚って、、、墓の意味だよな
なんか薄気味悪い名前の川だ
それが3つ? 誰かが三人死んだ?
いや違う 多分それは違う
脳がチリチリする
その意味を俺は多分知っている
だがきっかけがつかめない
なんでだ、なんでなんだ?
肩から下げたカバンからメモとペンを出し
「フレナイサワ」 「ミツカサワ」
そう書き出してみた
まてよ
三塚は本当にミツカなのか?
「ミツカ・・・ミズカ・・・サワ?」
ミズカ ・・・ミズカネ?
「ああ!!!」
フレナイは赤い川
水銀が出るあたりは辰砂で赤くなる
三塚はミズカネの宛字で
ミズカネは水銀のことだ
水銀も雷管の起爆剤になる
こんな小さな村が
戦争のための軍事産業を担っていたのか
だが、、、
「水銀の出る場所には金もある」
何より日本の各地でゴールドラッシュに湧いた時期と近い
そして人口は膨れ上がった そう考えるのが妥当だろう
「やれやれ、生臭いことだ」
今のこの平和そのものの村を思えば
その狂想曲の時期は嘘のように思えた
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