第39話 結末
ミトを詰所に突き出し、冒険者ギルドに事情を説明して、ワイバーン騒ぎは一応の決着を見せた。赤竜討伐隊も中止されることになったらしい。冒険者たちの仕事を奪うことにもなったが、何もせずに前金だけもらえて喜んでいるだろう。
ディランたちも、ギルドから高額の謝礼を受け取ることができた。期待した以上の額に、皆大喜びだった。討伐隊の報酬が丸々浮いたので、その一部を出してくれたようだ。
さらに嬉しいことに、今回の貢献によって、ディランたち三人の昇格――ランクアップが認められた。これで、今より美味しい依頼が受けられるようになる。しばらくは王都でやっていけそうだった。
そしてその翌日。ディランたち三人は、竜の巣へと向かっていた。目的はもちろん、ミトの息子のために
あの後ミトに話を聞くと、まだ幼い一番下の息子が、もう何か月も病床についているらしい。突発的な高熱で徐々に体力を削られ、いずれは死に至る
(譲ってもらえるかな)
ディランは少し不安になった。薬を作るためには、鱗が十枚以上必要らしい。中心の魔力が濃い部分だけを使うだとか言っていたが、いまいち理解はしていない。
一枚ぐらいならともかく、そんなにたくさん譲ってもらえるだろうか。仮にもらえたとしても、代わりに無理難題を押し付けられそうで怖い。
洞窟を抜けると、穴の底で身を伏せるドラゴンの姿が目に入る。ディランは少し
(また前みたいになってなくてよかったけど)
と、前回ここに来た時のことを思い出す。他人のキスシーンほど見ていて気まずいものは無い。
ディランたちが近づくと、ドラゴンは億劫そうに目を開けた。
「何の用だ」
いつもと違って人型にはならずに、ディーは地の底から響くかのような声で言った。ディランは思わず顔を引きつらせる。ふと、最初に出会った時のことを思い出した。
「わ、ワイバーンのことが解決したって伝えに来たんだ!」
だがセリアが前に出る気配を感じて、ディランは慌てて声を張り上げた。彼女に頼ってばかりなのも情けない。
事件の
「それから、頼みたいこともあって……」
「なんだ」
「その、鱗をもらいんたいんだけど……」
「欲しければ持っていくがいい」
「……二十枚ほど」
そう言ったとたん、ディーは巨大な頭部を、冒険者たちの方にぐぐっと近づけた。ディランはさらに顔を引きつらせたが、なんとか逃げずに踏みとどまった。
「対価を払う覚悟はあるのだろうな」
「は、払えるものなら」
すると、ディーは首を引っ込め再び地面に寝そべりながら、言った。
「シルトの願いを聞いてやってくれ。それが対価だ」
『えっ!』
「願い?」
ディランは首を捻った。興奮した口調でシルトが言う。
『い、いいんですかっ?』
「俺にできることならね」
若干不安になりながら言う。すると、返ってきたのは予想外の言葉だった。
『じゃ、じゃあ……わたし、彼氏が欲しいんですっ』
「……はい?」
『男のひとを紹介してくれるだけでいいですからっ!』
などと言われて、ディランは思わずウォードの方を見た。不思議そうな顔で見返される。
いやあいつは
『あっ、もちろん魔道具の
「う、そういうことか」
一気にハードルが上がってしまった。喋る魔道具で、人型になれて、それから男……いや最後の条件はよく分からないが、とにかく探すのが大変なことは確かだ。
「どういう話になってるの?」
「ええと……」
訝しげに尋ねるセリアに、ディランはシルトから聞いたままを答えた。セリアは呆れたような表情になって言った。
「どんな願いよ……まあいいけど。紹介するだけでいいなら、マリーの師匠の家にでも連れていけばいいんじゃない? 人型の魔道具ぐらいたくさんいるでしょう」
「あ、その手があったか」
ディランはほっと息を吐いた。
王都に戻った頃にはもう夜になっていたため、日を改めて相談に行くことにした。まずはマリーに事情を話し、一緒に師匠の家に向かう。
「またわけのわからん面倒事を……」
などとぶつぶつ言われたが、説得にはなんとか成功した。彼の作業を手伝うという条件で、シルトを家に置いてもらうことになったのだ。その後のことは分からないが、早速執事の男(彼も魔道具だ)に懐いていたので、まあ好きにするだろう。
再び竜の巣に訪れ、ディーに状況を説明した。今度は人型になっていた彼は、ゆっくりと頷いた。
「分かった。剥がれた鱗の中から持っていくといい」
「いや、取ったばっかりじゃないと駄目で……」
「なに?」
わずかに顔をしかめて問い返される。そう言えば伝えてなかったとディランは少し焦ったが、彼は渋々頷いた。
「約束は約束だ。好きに取っていけ」
ドラゴン形態になったディーの体から、ウォードと手分けして鱗を回収する。一か所に集中しないように、色々な場所から少しずつ取った。一枚一枚は手の平に余裕で収まるほどのサイズで、意外と小さいなあとディランは思った。
礼を言って帰ろうとした冒険者たちを、ディーは呼び止めた。
「待て。ラムの治療がもうすぐ終わる。今日中には連れて行けるだろう」
「ほんとか!?」
ウォードが真っ先に反応した。それに応えるかのように、奥の洞窟からエヴァが、そして彼女に手を引かれたラムの姿が現れた。
「ただいまあ」
にこっと笑いながら言う。少し足元がふらついているように見えたが、元気そうだ。エヴァが手を離すと、冒険者たちのもとへと歩いてくる。
「ラム……!」
「ほわあー?」
駆け寄ったウォードが、ラムの体を抱きしめた。ディランが思わず視線を外すと、セリアとばちりと目が合ってしまった。ますます気まずくなって、ぽりぽりと頬をかく。
まだもう少し治療が必要だということで、ウォードが一人残ることになった。ディランとセリアは、エヴァと少し話してから別れを告げた。
「全部解決してよかったね」
ほっとしたようにディランが言った。ワイバーン騒動もだし、ミトの子供の件も。それに、ラムも無事帰ってきた。
(ん?)
反応が無いなと思って、ちらりと目を向ける。セリアは、下を向いて黙々と歩いていた。表情は見えない。
どうかしたのかと訪ねようとしたその時、セリアが顔を上げた。
「ねえ、ディラン」
甘えるような
「私、今回はディランの意見に従ったわよね」
「ええと……そう、だね」
言われてみれば、ディランが出した危険な案にもほとんど反対していなかった。どうしてだろうかと思っていたが……。
「ご褒美が欲しいんだけど」
「ご、ご褒美? って?」
彼女にしては珍しい
「だから……」
セリアは焦れたように言い、しばし視線を
「っ!」
目を閉じ、顔をわずかに上向けたところで、ディランはようやく事態を把握した。セリアの顔が真っ赤に染まっていることにも、今更気づく。両手は胸元でぎゅっと握られ、彼女がいかに緊張しているかが見て取れた。
ディランが固まっていたのはほんの一瞬だった。驚いたものの、迷いは無かった。背中に回した手で少女の体を引き寄せ、唇を淡く重ねた。
やがて、どちらからともなく体を離した。セリアは悩ましげな吐息を漏らしたあと、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「……ありがと」
「う、うん」
あふれ出る
王都に着き、そして宿の別々の部屋に戻るまで、二人が手を離すことは無かった。
貧乏冒険者と魔剣の願い マギウス @warst
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