第38話 真相

 すっかり夜も更けたころ。王都の中でも特に寂れた地域に、ディランたち五人は訪れていた。人の気配はなく、周囲には廃屋も目立つ。当然街灯など設置されていないので、ランタンの光が唯一の光源だった。

「ほんとにこんな場所にあるの?」

「間違いない」

 不安そうに言うセリアの言葉に、ランスが自信ありげに答えた。最初は敬語を使っていたセリアだったが、いつの間にか外れている。

「ミトはいくつか倉庫を持っているが、今から行く場所はほとんど使われていない。ワイバーンを隠すならここだろう」

 ランスは前方を強く見据え、決然とした口調で言う。まるでこのパーティのリーダーのようだ。ディランはちょっと対抗するような気持ちになりながら言った。

「今日の目的をもう一度確認するよ。まずはワイバーンを倒して、それからギルドに駆け込むってことでいいんだよね?」

「ええ。実際にワイバーンが街中にいたことが分かれば、仲間を助けに来るって話も少しは信じてくれるでしょう」

 セリアが言った。とにかく、明日の討伐隊出発を遅らせればそれでいい。冒険者たちだって、無駄かもしれないのにドラゴンと戦いたくはないだろう。今後ワイバーンが街を襲ってこなくなれば、ディランたちの言うことが正しいことも証明される。

「できたら関係者を捕まえたいわね。見張りとかいた?」

 セリアが尋ねると、ランスが言った。

「夕方様子を見に行った限りでは、見当たらなかったよ」

「でも、全くいないってことは無いだろうね」

 ディランが言った。ミトという商人がどういうつもりでワイバーンを捕まえているのかは分からないが、禁止されている行為だということは理解しているだろう。当然、侵入者は警戒しているはずだ。

「そろそろだ」

 ランスが言った。ディランは気を引き締めた。

 やがて、目的の建物が見えてきた。先ほどの言葉通り、周囲に人は見当たらない。それでも警戒は怠らずに、建物に近づく。

 倉庫は、街の広場がまるまる一個入るほどの大きさがあった。外壁を一周したが窓は無く、正面の扉以外に入れそうなところは無い。

 小声で相談したあと、正面に回る。隙間から覗くと、中からかんぬきがかかっているのが見えた。

「俺の剣で壊して開ける。そしたら全員で突入しよう」

 ディランの言葉に、仲間たちは頷いた。

 ゆっくりと深呼吸したあと、ディランは隙間に沿うようにして剣を一閃させた。手ごたえを感じるとともに、衝撃で扉が中に開く。

 冒険者たちは、一斉に足を踏み入れた。背中を合わせて立ち止まると、周囲に目を光らせる。倉庫の中には、ぼろぼろの木箱が山のように積まれていた。

 しばらく様子をうかがったが、何の反応もない。自然と緊張が緩む。ディランは拍子抜けしたように言った。

「誰もいないのか……?」

「罠かもしれないわ。気をつけて進みましょう」

 セリアが釘を差す。歩き出しながら、ウォードが言った。

「ほんとにここなのか?」

「そのはずだが……」

 ランスの声は、先ほど比べるとだいぶ自信がなさそうだった。もし外れだったら、ただの不法侵入者だなあ、などと思いながら、ディランは付いていった。

「待った」

 ウォードの言葉に、ディランは身を固くした。視線を追っても、深い闇が見えるだけだ。だが、彼には見えているのだろう。

「いる?」

「ああ。眠ってるようだが」

「ワイバーンか?」

 ランスが言った。何も言わずに前方を凝視しているウォードの代わりに、ディランがこくこくと頷く。

「今のうちに……」

 倒してしまおう。言いかけた言葉が途切れる。天井にあった魔道灯が、一斉に明かりをつけた。

「来るぞ!」

 ランスが叫ぶ。ディランは慌てて武器を構えると、敵に備えて周囲を見回した。全員、緊張の面持ちで待ち受ける。

 が、誰かが襲ってくる様子は無い。周囲は静寂を保ったままだ。

 先ほどのウォードが見て居た辺りに、ちらりと目を向ける。そこには確かにワイバーンがいた。眠らされているのか、地面にうずくまっている。

「あっ」

 ディランは思わず声をあげた。ワイバーンの背後にある木箱の陰から、一人の男がゆっくりと進み出る。疲れた表情をした中年の男性だ。彼がミトだろうか。

 一人でこの人数にかなうとは思えない。他に仲間が隠れているのかと思って警戒していたのだが、

「悪いことはできないものだな。さあ、捕まえてくれ」

 ミトはそう言うと、目を閉じて地面に座り込んだ。ディランはぽかんとしてしまった。ウォードとランスは互いに目配せすると、二人でミトを縛り上げた。

 ディランはワイバーンに慎重に近づくと、その首を一撃で切り落とした。一瞬体がびくりと震えたが、結局目を覚ますことは無かった。これでワイバーン騒ぎも収まるだろうと、ディランはほっとした。

 その間、ミトは一言も声を発しなかった。セリアが訝しげに言った。

「どういうつもり?」

「……街が襲われているのを見て、怖くなった。何てことをしてしまったのだろうと」

「襲われるのを分かっててやったのね」

「ああ」

 すると、ランスが詰問するように言った。

「どうしてこんなことをしたんだ」

「冒険者たちに、ドラゴンを退治させるためだ」

「えっ?」

 ディランが素っ頓狂な声をあげる。急に注目が集まり、焦って言葉を継ぐ。

「な、なんで? ドラゴンに恨みでもあるの?」

「違う。鱗が欲しかっただけだ……」

「へ? そんなの普通に買えば……」

「もしかして、薬?」

 セリアが言葉を挟むと、ミトは重々しく頷いた。ディランは不思議そうに聞いた。

「どういうこと?」

「ドラゴンの鱗は色んな病気の薬になるけど、体から取れて時間が経つと効果がなくなるのよ」

「なるほど……あれ、じゃあもしかして、ギルドに出てた依頼って」

 ディランはふと、ずっと前から張り出されていたドラゴン退治の依頼のことを思い出した。単に退治するだけではなく、倒したドラゴンの体を受け渡すこと、という条件が付いていたやつだ。防具を作るのかと思っていたが……。

 ミトは頷きながら言った。

「病気の息子を助けるためだった。だが、こんなことは間違っていた」

「息子さんを……」

 ディランは思わず声をあげた。

 ミトがやったのは絶対に許されないことで、当然断罪されるべきだ。だが、子供に罪があるわけではない。

 ディランはセリアと頷き合ったあと、こう話を切り出した。

「その、ドラゴンの鱗のことだけど……」

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