三章
第37話 推理
ギルドに出向いた三人は、長蛇の列を我慢して報酬を受け取った。話に聞いていた通り、額はかなり少ない。とは言え、元々貰えるとも思っていなかったので有難い。
ついでに、レッドドラゴンの討伐隊の話も聞いてみた。すると、返ってきたのは最も聞きたくない答えだった。
「安心してください、討伐隊は明日の朝出発する予定ですから。すぐにワイバーン騒ぎも解決しますよ」
「そうですか」
にこにことした受付のお姉さんに、セリアは沈んだ口調で返していた。もう日もだいぶ傾いている。残された時間はあまり無い。
魔物の襲来の原因が、街の中にいるワイバーンだと分かったのは朗報だ。だが、いったいどこにいるのか、見当も付かない。
「討伐隊の出発を止めるだけじゃだめなのか?」
「どうやって?」
「原因がドラゴンじゃないと納得させればいいだけだろ?」
「証拠も無いのに信用するかしらね」
大通りを当てもなく歩きながら、ウォードとセリアは議論を交わしていた。ワイバーンの居場所を見つけるのが無理なら、他の手段を考えるしかない。
「……」
そんな中、ディランは一人黙り込んでいた。先ほどの違和感が、まだ頭の中に残っている。魔物の臭いがこびりついている、とどこで思ったのだったか……。
「じゃあどうやって見つけるんだ。街中探すには時間が足りないぞ」
「誰にも知られずに魔物を隠しておける場所なんて限られるわ。それに運ぶ手段も。最近王都に来た馬車を調べれば……」
「あー!」
まだまだ続く二人の議論の途中で、ディランは突然大声をあげた。仲間たちどころか、通行人まで驚いて立ち止まっている。
「す、すみません」
平謝りして、そそくさとその場を去る。セリアが不思議そうに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「思い出したんだよ」
「何をだ?」
ウォードの言葉に、ディランは興奮したように答えた。
「ワイバーンが街に来る何日か前に、東門の近くでシルトが言ったんだよ。魔物臭いって」
「魔物退治の帰りだったからじゃないのか?」
「うん、最初は俺もそう思った。でもシルトは、『臭い』がするのは生きてる魔物からだけだって言うんだよ」
「近くに魔物なんていたの? って、まさか……」
セリアは目を見開いた。ディランは小さく頷く。
「つまりどういうことだ?」
「すぐ近くでワイバーンが運び込まれていたかもしれないってことよ!」
一人首を捻るウォードに、セリアが怒ったように言った。ディランは少し気が抜けたように笑う。
「ちょうどその時、近くを大きな馬車が通ってたんだよ。ワイバーンが入れそうなぐらいの」
「どんな馬車か覚えてる?」
「ああ」
ディランは二人に説明した。凝った装飾付きの箱馬車だ。そうそう同じデザインのものがあるとは思えない。
「ならあとは聞き込みするだけね。こういうのに詳しそうなのは……」
三人は顔を見合わせた。どうやら同じ人物を思い浮かべたようだ――という以前に、王都で頼りにできる人などほとんどいないのだった。
「ほんとにここなの?」
セリアが不安そうに言う。ディランも同じ気持ちだった。
『大きいお家ですねー』
「そういうレベルじゃないと思うんだけど……」
シルトの感想に、小声で突っ込みを入れる。マリーの師匠の屋敷もたいがいだったが、ここはさらに大きい。
マリーに協力を求めるために、三人は彼女の実家まで足を運んでいた。前から場所は聞いていたのだが、実際に来たのは全員初めてだ。もし立派なお屋敷だったらどうする? などと冗談を言い合っていたのだが、まさか本当だったとは。
ディランとセリアがしり込みしているうちに、ウォードがさっさと庭に入っていった。仕方なく後に続く。
入り口のベルを鳴らすと(魔道具ではなく普通の呼び鈴だった)、使用人らしき女性が出てきた。名前を名乗ると、すぐに中に通される。
「あ」
廊下の角から顔を出したマリーと、ディランの声がハモった。服はいつもの黒いローブ姿だったが、さすがにフードは被っていない。少女がとてとてと近づいてくると、使用人の女性は頭を下げて去っていった。
「いらっしゃい」
「……やっぱりマリーの家で合ってるんだね、ここ」
「?」
ディランのどこか疲れたような声に、マリーは首を
「用?」
「うん、助けて欲しいことがあるんだ」
そう言うと、首を逆側に傾けて尋ねられた。
「外行く?」
「うん? まあ、外でもいいけど……」
ディランは思わず辺りを見回した。部屋ならいくらでも空いてそうなのだが、家の中で話をすると不都合があるのだろうか。
すると、マリーはこんなことを言った。
「家にいたら迷うから」
「迷うんだ……」
自分の家で迷うって、どういうことなんだろう。想像もつかない世界だ。
「マリーの家って、やっぱりお金持ちだよね?」
「家が広いだけだよ」
と、いうことらしい。本当なのかどうか、だいぶ怪しくなってきた。
とにかく、マリーを加えた四人は屋敷を出た。彼女がよく行くという喫茶店へと向かう。
「ここ」
案内されたのは、ごく庶民的な店だった。どんな高級店に連れていかれるのかとびくびくしていたディランは、少しほっとした。
適当に飲み物を頼み終えてから、ディランは早速本題に入った。
「だから、その馬車の持ち主が誰かを知りたいんだよ」
「そいつがワイバーンを捕まえてる可能性があるの。目的は分からないけどね」
セリアが補足した。話を聞いて、(いまいち表情の変化に乏しいが)マリーは何やら考え込んでいるようだった
「ランスが詳しいかも」
「そうなのか」
「うん。聞きに行く?」
「よろしく頼む」
「じゃあ……あ」
言葉の途中で、マリーはぽかんと口を開けた。視線の先を追ってみると、一人の男がちょうど店に入ってくるところだった。まさに話題になっていたランスが、にこやかに手を振っている。
マリーはぱたぱたと駆けていくと、男の胸に飛び込んだ。ぎゅっとしがみ付いたまま、至近距離で見つめ合っている。キスでも始めるんじゃないかとディランはちょっと焦ったが、さすがにそこまでにはならなかった。
「探しに来た?」
「ああ。マリーの家に行ったら、ここにいると聞いてね」
席に着いたランスが、にこりと笑って言った。ディランはふと、実はマリーが他の男と会うのを怒ってるんじゃ、なんて思ってしまった。真偽のほどは分からない。
ワイバーンの件について説明すると、ランスはすぐにこう聞いてきた。
「仲間を助けるために、ね。初めて聞いたけど、情報源はどこだい?」
「それは……」
ディランは言い淀む。ディーとのことを話してもいいものか。
(信じてもらうためには仕方ないかな)
ちらりとセリアに目を向ける。彼女が小さく頷くのを見て、ディランは決心した。
今までのことを話すと、ランスはひどく驚いていた。一方のマリーは、わりあい平然としている。以前のエヴァの一件で、薄々気づいていたのかもしれない。
「ドラゴンと知り合いだなんて、それ自体信じがたいが……嘘を付いてるようには見えないね」
「はい」
「分かった。僕も信じよう」
穏やかな笑みで言う。ディランは少しほっとした。
馬車の特徴を伝えると、ランスはすぐに持ち主の目星が付いたようだった。ミトという名の商人で、二十年以上も王都で活動しているベテランのようだ。
「しかし、信じられないな。彼は真面目なことで有名なんだ。魔物を街に持ち込むだなんて、いったい何のために?」
「街を襲わせること自体が目的なのかもしれません」
「なるほど」
ランスは苦々しい口調で言った。やっぱりそうなんだろうか、とディランはこっそりため息をついた。他に適当な理由も考えつかない
「ワイバーンを閉じ込められるような場所があるでしょうか?」
「そうだね」
セリアの言葉に、ランスは少し間を置いてから言った。
「ミトは商人だからね。自分の屋敷や店とは別に、大きな倉庫を持っていたはず」
「それなら、他人にばれずに捕まえておけるかもしれませんね」
「そうだね。少数の協力者はいるのだろうが……しかし」
と、ランスは眉を寄せて言った。
「これからどうするつもりだい? 今の話だけでは、国も冒険者ギルドも動いてくれないだろう」
「乗り込むしか無いだろ」
ウォードの言葉に、ディランも頷いた。
「ワイバーンが捕まっていることを示せば、話を聞いてくれるかもしれない。危険だとは思うけど……」
「仕方ないわね。報酬は後でたっぷりもらいましょ」
了承を求める前に、セリアはあっさりとそう言った。いつもの慎重な態度とはずいぶん違って、ディランは少し驚いた。何にせよ、これで意見はまとまった。
「それなら僕も行こう」
出し抜けにランスが言った。ディランは慌てたように手を振る。
「いや、そこまで巻き込むわけには……」
「街の危機なんだ。他人事じゃあない」
彼は
「付いてく」
「駄目だ」
だが、ランスはにべもなく拒否した。マリーは唇を尖らせる。
「心配だから」
「もし君が危機に陥れば、僕は命を投げ出して君を守るだろう」
そう断言されると、マリーも強くは言えないようだった。不安げに瞳を揺らしながら言う。
「無事に帰ってきてね」
「ああ」
頷くランスに、マリーは身を乗り出すようにして口づけた。ディランが唖然としていると、セリアが冷静な口調で言った。
「夜になってから忍び込みましょう。それまでに必要な物は準備するわ。ランスさんには、ワイバーンが隠されていそうな場所を調べて欲しい」
「分かった」
どうやら、メンバーは決まったようだった。
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