第36話 襲撃再び

「なんでワイバーンを街に入れたりしてるんだろうな」

 ふもとの森を進みながら、ディランはぽつりと言った。さっきからそのことばかりを考えている。

「ペットにでもするのか?」

 と、ウォード。そういう趣味の人間がいないとは限らないが、果たして飼いならすなんて可能なのだろうか。

「街を襲わせるのが目的なのかもね」

「それは……」

 セリアの言葉に、ディランは嫌そうに口元を歪めた。もしそれが正しいのだとしたら、かなりヤバい人物、もしくは集団だろう。

「あっ!」

 森を抜けたディランは、思わず声をあげた。遠くに見える王都の空に、いくつもの影が飛び回っている。

 三人は急いで王都へと向かった。案の定、街がワイバーンに襲われている。上空で様子を見ているものもいれば、積極的に降りてくるものもいる。攻撃魔法の輝きが、空に向かって散発的に放たれていた。

「魔法が使えるやつはこっちだ! それ以外はパーティー作って分散してくれ!」

 街に入ると、ベテランの冒険者が戦いの指揮をしていた。ディランはセリアと顔を見合わせると、頷き合った。

「行ってくるわ」

「気をつけてね」

「うん」

 指示通りに走っていくセリアの後ろ姿を、ディランは少し心配そうに見送った。

「おい、あんたら今来たのか?」

 男女二人組の冒険者が走り寄ってきた。ディランは小さく頷く。

「ああ」

「じゃあ俺たちと一緒に戦わないか? 魔術師取られて戦力不足なんだよ」

「それはありがたい。よろしく頼むよ」

 彼らと合流し、街を巡回する。既に他のパーティと担当範囲について話し合っていたようで、ディランたちは付いていくだけでよかった。

「どうして魔術師が集められてるんだ?」

 ふと思いついて尋ねる。二人組の片割れ、背の低い少女が答えた。

「んー、なんか、一気に攻撃しようとしてるみたいだよ。ちまちまやっても当たらないからって」

 彼女の言葉を肯定するかのように、今までにない強い輝きが空に走った。いくつもの攻撃魔法が重なっているようだ。近くにいたワイバーンが、黒焦げになって墜落する。

 また他の場所では、たくさんの岩やら木材やらが、ワイバーンに向かって勢いよく飛んでいった。どうやら疾速の翼クイック・ウィングの魔法を使っているようだ。

「だから、あたしたちは空に追い返すだけでいいって言われて……あ」

 ちょうど目の間に、建物に向けて狂ったように攻撃を加えるワイバーンが現れた。大きな屋敷の壁が、無残に壊されていく。

(あいつも、仲間を救おうと必死なんだよな)

 そう思うと、少し悲しい気持ちになる。だが、だからと言って手加減などしていられない。

「よーし、じゃあいってみよっか!」

 少女は両手にナイフを構えて駆けだした。ワイバーンは威嚇するように鳴くと、屋根の高さほどに滞空する。

「ワイバーンと戦ったことはあるか?」

 二人組の男の方が尋ねた。ディランは少し苦笑いするように言った。

「あるけど……倒したことはない」

「十分だ。爪に捕まれないようにだけ注意しとけ」

「分かった」

 冒険者たちと魔物との間で、睨み合いが続く。遠くに攻撃できる武器を誰も持っていないので、とにかく降りてきてくれないとどうにもならない。とは言え、ここままでは攻撃できないのはあちらも同じだ。

 やがて、焦れたように魔物が急降下してきた。狙いは先頭の少女だ。相方の男が駆け出すのに少し遅れて、ディランとウォードも走った。

 少女は地面に体を投げ出すように跳ぶと、くるりと前転した。掴み損ねたワイバーンは、急いで上昇しようとする。そこに、

「おらっ!」

 男の剣が振り下ろされた。が、あと少しというところで飛び去ってしまう。

 次の攻撃は、本人以外の誰にとっても意外なものだった。ウォードの漆黒の剣が、空に向かって投げつけられたのだ。

 さほどの脅威にもなりそうにないその攻撃は、だがワイバーンの翼を綺麗に切り裂いた。バランスを崩して墜落しそうになる魔物の頭を、今度はディランがすぱりと切り落とした。

「無茶するなあ……」

「いい切れ味だ」

 ウォードは満足げに頷くと、落ちた剣を拾っていた。二人組の片方の男が、感心したように言った。

「あんたらいいもん持ってるな」

「ちょっとね」

 ディランは曖昧に笑った。噂の赤竜レッドドラゴンから貰いましたなんて、言わない方が良さそうだろう。

『うう、また魔物臭く……』

「そんなこと言ってる場合じゃないって」

 頭の中のシルトの声に、ディランは小声で返した。幸い、誰にも気づかれなかったようだ。綺麗にぬぐってあげてから、鞘に仕舞う。

 空が、また眩しく輝いた。ワイバーンが吹っ飛ぶのが目に入る。魔法部隊も上手くやっているようだ。

 その後もしばらく巡回していたが、新たなワイバーンに出会うことはなかった。攻撃魔法の輝きも見なくなってきたところで、四人は解散することにした。

「俺たちはギルドに戻る。一応報酬も出るらしいぜ」

「あ、魔術師ってどこに集められてるか知ってる?」

「んー? 何か所かあるみたいだが」

 男はそのうちの一か所、街の城壁にある見張り塔の場所を教えてくれた。男の仲間はそこに連れていかれたらしい。

「行ってみようか。門に近いし、セリアもそこにいるかもしれない」

「そうだな」

 二人組と別れたディランとウォードは、足早に塔へと向かった。途中、道端で休んでいる冒険者を何度か見かけた。やはり、ワイバーンは全て倒すか追い返すかしたようだ。

 普段は街の兵士しか入れない見張り塔だが、今日は冒険者に解放されているようだった。ギルドの証を見せて中に入る。

「……セリア?」

 屋上に広がる光景を目にして、ディランはぎくりとした。そこにいた魔術師たちは、皆一様に座り込んでいた。セリアも奥の方で腰を下ろし、ぐったりと顔を伏せている。

「大丈夫? 怪我でもした?」

 焦って駆け寄るディラン。肩に手を置くと、セリアはゆっくり顔を上げた。

「え。いいえ……ちょっと疲れただけ。魔法を使いっぱなしだったから」

「……そうか」

 はあ、とディランは胸を撫でおろした。初めはぽかんとしていたセリアだったが、その頬に、徐々に赤味が差してくる。

「ありがと。心配してくれて」

「あ、ああ」

 ディランの方もつられて顔を赤くしたが、

『はう、どきどきしてきました……』

 なんて頭の中で聞こえるものだから、逆に少し冷静になってしまった。セリアのそばに腰を下ろす。

「ギルドから報酬が出るみたいだね」

「私も聞いた。あまり期待しないようにって言われたわ」

「そうなの?」

「街から出るらしいけど、修繕にもお金がかかるでしょうしね」

「あー……」

 街の惨状を思い起こす。幸運なことに、まだ人の方に大きな被害は出ていないようだ。だがワイバーンの襲撃が繰り返されれば、いつまで運が続くか分からない。

(いや、それ以前に……)

 レッドドラゴンの討伐隊が出れば、全員が無事ということはまず無いだろう。最悪の場合、全滅もあり得る。

(俺たちなら止められる)

 真の原因を取り除けば。いったいこの街のどこに、ワイバーンが掴まっているのか……。

『やっと臭くなくなってきました……』

 ぼそりとシルトが言った。すると、ディランははっとしたように顔をあげる。

「シルトなら魔物を見つけられるんじゃないのか?」

「そう言えば、臭いが分かるのよね」

 セリアもその可能性に気づいたようだった。今まで体験した限りでは、彼女の魔物感知能力はかなり正確だ。上手く使えば、魔物探しにも使えるかもしれない。

 だが、シルトの返事は頼りないものだった。

『すぐ近くまで行けば分かりますけど……』

「どれくらい?」

『ううーん……わたし五本分ぐらい? だと思います』

「……案外狭いな」

「なんて言ってるの?」

 セリアに説明すると、眉を寄せて難しい顔をされた。

「五本ね……。街中走り回れば見つかるかもしれないわね」

「どれくらいかかると思う?」

「何日なのか見当もつかないわ」

「それじゃだめだな……」

 ディランは唸り声をあげた。討伐隊がいつ出発するのかは知らないが、出来る限り早くしようとはしているだろう。明日に出てもおかしくない。

「それに、今だと街中ワイバーンの臭いがしてるんじゃないの?」

「いや、もう臭くないって言って……ん?」

 セリアの言葉に、ディランはふと疑問に思った。人間が気づかない『魔物の臭い』を敏感に感じ取るシルトのことだ。そこらに転がっている爪の欠片やらから、もしくは刀身に残った血やらに、臭いがこびりついていそうなものなのだが……

 ということを聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

『死んでちょっとしたら、臭わなくなりますよ?』

「……そうなの?」

『はい……変ですか?』

 きょとんとした様子で言うシルト。どうも、ディランが考える『臭い』と、少し違うもののような気がする。もっと抽象的な何かなのだろうか。

(んん?)

 何か違和感がある。何かが、記憶の端に引っかかっている。魔物の臭いがこびりついているというようなことを、いつか思ったような……。

「ギルドに行くんでしょ? 報酬を貰いにいきましょ」

「え? ああ」

 どこか釈然としない思いを抱えながら、ディランは立ち上がった。

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