第4話 這いつくばるな!リリナさん
「部屋の掃除をするぞ……!」
そう宣言した俺をリリナは相変わらず床に寝そべったまま、ちらりと横目で見る。
「いい心掛けね、下僕。そうやって自ら仕事を買って出る辺りは評価してあげるわ」
「おまえもやるんだよ、リリナ……!」
もう我慢の限界だった。
「こんな汚部屋、もう放っておくわけにはいかん! 掃除するぞ!」
部屋の中のスペースの半分以上は、謎のゴミ山に占拠されている。まず、これを撤去しないことにはまともな暮らしは決して望めない。俺は決して綺麗好きというわけではないが、さすがにこの現状は目に余る。
俺が真剣であることを悟ったのか、リリナは読んでいたマンガを脇に置き、上半身を起こす。
「……前にも言ったけど、その辺は片付けようにも片付けられないのよ」
リリナは心底嫌そうな顔で言う。
「そこら辺にあるものの半分は色んな異世界から出鱈目に取ってきたものだから、私自身も効果がよく解ってなくて……。何度か適当な世界に追放しようかと思ったんだけど、すると、この部屋内部の魔力量が尋常じゃない数値になって、危うく魔力暴走が起きるところだったんだから」
「まあ、ここにある物は下手すると世界を滅ぼしかねないレベルのものだからな……」
俺が理解できるものだけでも宝剣に、呪符に、聖杯。対時空用の破壊兵器まである。ここにある一つ一つのものは要は超強力な爆弾のようなものだ。下手に魔力や霊力を注げば、引火してこの部屋どころか、この世界がある時空そのものが吹っ飛ぶ危険性もある。
「そうよ。だから仕方ないのよ。私はこの子たちとこの部屋で生きていくわ……」
「ゴミと共存の道を探ろうとしてんじゃねえよ」
いつからそんな博愛主義者になったんだ。
俺は改めて宣言する。
「掃除する」
「だから、危ないって」
「いつ爆発してもおかしくない物の隣で生活している方が危ないわ」
俺はゴミの山の一角を形成していたスナック菓子の袋を手に取る。
「大体、明らかな危険物はともかく、こんなあからさまなゴミくらいはきちんと捨て――」
「ちょっ! 安易に触ると!」
「え?」
俺はただお菓子の空き袋に触っただけなのに――
「UGAAAAA!」
突如現れる身の丈三メートルはあろうかという異形の怪物。狭い部屋の中で身をかがめるようにして屹立し、百個以上ある眼球のすべてが俺を捉えている。その目の一つ一つが開き、赤い触手のようなものが――
「戻して! それ! 早く!」
「お、おう!」
俺は慌てて空き袋を元の位置に戻す。
「GRUUU……」
その瞬間、怪物は霧状になり、消えていった。
俺は呆然とその様子を見つめる。
リリナは言う。
「言ったでしょ……そこら辺のものは絶妙なバランスで成り立っているから、少しでも触ると、今みたいに邪神の封印が解けたりするわ……」
「待って! ポテチの袋で邪神封印されてんの?!」
「たぶん、それ、のり塩の空き袋だから清めの塩としての力があるんじゃないかと」
「邪神安いなあ」
のり塩で封印される邪神が哀れでなりません。
「だから言ったでしょ」
リリナは、また、だらしなく床に寝そべりながら言う。
「下手に触るよりも今のまま放っておくのが一番なのよ。『触らぬゴミにたたりなし』って奴よ」
「そんなことわざは初めて聞いたが」
俺はまた床にだらしなく転がるリリナの前にしゃがむ。
「でも、おまえだって別にこんな汚い部屋で過ごしたいわけじゃないだろ?」
「……そりゃあ、まあ」
リリナは拗ねた顔で俺から目を逸らす。
「だったら、俺に考えがある。おまえも協力してくれれば、この部屋を少しはまともな状態にできると思う」
「………………?」
俺の言葉を聞いたリリナは、ゆっくりと身を起こす。
「だから、手伝ってくれ、リリナ。おまえの力が必要だ」
「私の力が……必要……?」
リリナは何故か気の抜けたような顔で俺を見ていた。今の彼女にはいつもの険のある雰囲気はない。
俺はそんな彼女を真っ直ぐに見て、言う。
「ああ、必要だ」
俺の言葉を聞いたリリナは一瞬、遠くを見る様な目をした。そして、目をつぶる。何かに思いを馳せているのだろうか。彼女は今、何を考えているのだろう。
「……わかったわよ」
リリナは何故だか顔を少し赤くして呟いた。
「協力……してあげるわよ」
「殺すわよ……! 下僕……!」
先程までのしおらしい態度は跡形もなく消え、彼女は鬼の形相で俺を睨んでいる。
「なぜ、私が自らゴミを動かさないといけないのよ……!」
リリナは俺を睨みながら、ゴミの山から俺が指示を出したものを運んでいく。
「この役割分担しか、このゴミを排除する手段はないだろう。おっと、スライム出てきた!」
リリナがゴミの山にあったペットボトルを動かした瞬間、出現するスライム。べっとりとした液体状の腕がリリナの方に迫っていく。
「ひいいいいいっ!」
リリナが涙目になって叫んでいる。
俺はリリナの前に出る。
「『無剣:断ち切り』」
俺は簡単な武術でスライムを屠る。この程度の相手なら剣を抜くまでもない。
核を切り落とされたスライムは一瞬で雲散霧消する。
「リリナがゴミを動かしていって、
「当たり前よ!」
リリナは涙目のまま、叫ぶ。
「だったら、この分担しかないだろ。俺がゴミに触ってたら本当にヤバい奴が出現したときに対応が遅れる危険性がある」
「ぐぬぬ、だからって……」
リリナは歯を食いしばって俺を睨んでいる。
「ほら、続けるぞ。この量だから今日一日では無理だろうけど、やれるだけやろう」
「もう嫌よ! ちょっとは掃除したんだから、今日はもういいじゃない。また今度にしましょう」
「そんなこと言っていたらいつまでもやらないだろうが」
「私たちには未来があるわ……!」
「そんないい話っぽい台詞をはいてもダメ」
俺は言う。
「大体、俺はなんとなく直感で解るが、今、中途半端にゴミの山に手を出したからな。この部屋のバランスが崩れかけている」
「は? どういうことよ」
リリナは俺を睨む。
「たぶん、今までは本当に絶妙なバランスでこのゴミ山は成り立っていたんだろうな……。たとえば、あそこの邪剣の覚醒を、あの向かいにある聖槍が抑えていて、その聖槍の発現を、槍の周囲にあった保護カプセルが、槍の時を止めることで抑えていたんだと思う」
「……つまり?」
「さっき、俺たちはあの時間停止機能のある保護カプセルを動かしてしまったからな……。いつ、あの槍が起動して世界の在り様を塗り替えてもおかしくない」
「何してくれてんのよ!」
リリナは荒々しい声で叫ぶ。
俺は言う。
「まあ、大丈夫だ。あの槍の起動には時間がかかる。さっさと槍に込められた神力を封印し直せば、問題ない。ほら、この槍を引き抜いてくれ」
「うう……。なんかヤバいことがあったら、あんたを盾にして私は逃げるわよ……」
リリナは目を潤ませながら槍の掴を握る。
「う……! 重い!」
リリナは両手で槍を握り、腰を入れて引き抜こうとするが槍はびくともしない。
「頑張れ! リリナ!」
「持ちあがらない……!」
「大丈夫だ! おまえなら出来る!」
「ぐぬぬ……!」
しばらくリリナは聖槍を引き抜こうとしていたが、結局、引き抜くことは適わず、その場にへたり込む。リリナは息を切らせて呟く。
「はあ……。この槍……尋常じゃない……重さなのだけれど……」
「たかだか、五百キロくらいだぞ」
「五百キロ?!」
リリナは俺に掴みかかる。
「持てるわけないでしょ!」
「え?」
俺はリリナの様子を見ながら考える。
あれ、こいつ本気で言ってる……?
そして、俺は気がつく。
「あー、この世界の人間は五百キロの重さの物を持ち上げるのは無理なんだっけ?」
「無理に決まっているでしょ! どこのゴリラよ!」
「ごめんごめん、俺、この世界の文化にはちょっと疎くて」
「なんかそういう文化の違いとかの問題ではないと思うのだけれど!」
こないだ救ってきた世界は皆、片手で大岩を持ち上げる様な巨人ばかりの世界だったから、ちょっと感覚がおかしくなっていた。
本気でキレているリリナを宥めながら、俺は言う。
「解った、解った。ここは俺がやろう」
俺は何気なく聖槍を抜く。
瞬間、
『我はこの世界をこの世、この時に繋ぎとめるものなり……。汝を我が使い手としてふさわしいかを見極める……』
脳内に鳴り響く声。
ああ、これ引き抜いたら持ち主を試すタイプの武器ね。
「あ、俺、そういうの間にあっているんでいいです」
『……いや、間に合っているとか居ないとかの問題では――』
「『封印術:消えざる闇』起動」
俺の右手から闇の瘴気が槍を取り巻く。聖属性だから、封印は闇系統のものでいいだろう。
『……え、汝、なにを――』
俺は封印術によって聖なる槍の意識を封じ込める。
「よし、これで、もうただの槍になったぞ」
「私が言うのもなんだけど、あんたもわりと無茶苦茶ね……」
なぜかリリナはあきれ顔で俺を見ている。
俺はもう一度ゴミ山に向き合いながら言う。
「さて、あと、もうちょっと頑張りますか」
「………………」
リリナは何も答えない。
俺は振り返るとリリナはまた床に転がっていた。
こいつ、またやる気をなくしてふてくされてるな……。
俺はそう思いリリナの方を向く。
「おい、リリナ」
俺が声をかけると、
「……別に私、必要ないじゃない」
「………………」
リリナは自分の膝を抱くように座り込む。
「あんたは私が必要って言った……。だけど、別にあんた一人でゴミ山を切り崩して、一人でなんとかしちゃえる……」
リリナは大切なおもちゃを壊してしまった子供のような顔で呟いた。
「やっぱり、私は誰からも必要となんかされていない……」
リリナは顔を自分の膝に埋める。
「私は『要らない子』なんだ……」
俺は考える。
そもそも、リリナはなぜ一人でこの部屋で暮らしているのだろう。俺はリリナの正確な年齢を知らない。だけれども、リリナがまだまだ子供であることは明らかだ。少なくとも親元を離れて、一人で暮らし始めるような年齢には思えなかった。
もちろん、ここは日本ではない。この世界ではこの年で自立するのが当然なのかもしれない。だが、少なくとも、俺にはリリナが一人で生きていけるような人間には思えなかったのだ。
俺はリリナのことを、まだ何も知らない。
「リリナ……」
俺が床にうずくまるリリナに近付こうとしたときだった。
『きる……』
俺は邪の気配を感じて、とっさに振り返る。
『きるキルKILLきるキルKILLきるキルKILLきるキルKILL!!』
「しまった! 邪剣?!」
油断だ。
そもそも、解っていたはずだった。先程の聖槍の聖性にあてられていたからこそ邪剣はその力を発揮できずにいたのだ。その聖槍は俺が封印してしまった。ならば、邪剣が動き出すは必然。
『KILLLLLLLLL!』
邪剣は振り返る俺に向かって一直線に飛び、俺の脇腹を貫こうと――
「危ない!」
リリナはそう叫びながら邪剣に向かって右手を突き出す。
「消えなさい!」
邪剣が俺の脇腹に突きささる直前、俺と邪剣の間に時空穴が開く。邪剣は俺を貫くことなく、俺の前から消えていく。
『KILL?』
物騒な断末魔を残して邪剣は消え、即座に時空穴は閉じられる。
「はあ、はあ、はあ」
リリナは腰が抜けたのか、地面にへたり込む。
「驚かせるんじゃ……ないわよ……下僕……」
リリナが俺を守ってくれたのか……?
俺は膝をついているリリナの肩を抱く。
「大丈夫か……?」
リリナは荒い息で毒づく。
「勘違いするんじゃないわよ……下僕は私の持ち物だから……勝手に傷付けられたら困るからやっただけ……あんたの為じゃないわ……」
「………………」
リリナはふんと鼻を鳴らして俺からそっぽを向く。
「……はは」
そんな様子がおかしくて俺は思わず笑ってしまう。
リリナはよりいっそう不機嫌そうな顔になり、俺を睨む。
「何笑ってんのよ……!」
「ありがとう、リリナ」
俺はそんな彼女の視線をきちんと受け止めながら言った。
「リリナのおかげで助かった」
「………………」
リリナは口をつぐんで俺を見る。
「リリナは必要のない子なんかじゃないよ」
「……うるさい」
リリナは一言そう吐き捨てると俺の手を振り払って立ち上がる。
「本当にあんたは愚図ね! せいぜい主人である私を神のごとく、いえ、神よりも敬うがいいわ!」
「はいはい。本当に助かったよ、リリナ」
「解ればいいのよ、下僕」
俺は、止めようと思えば邪剣が自分に刺さる直前に止めることもできたのだけれど、そのことは黙っておこうと思うのであった。
「まったくあんたは愚図よね! あのとき、私が居なかったら、あんたは今ごろどうなっていたのかしら」
「………………」
「痛い痛いって言って、無様に床に這いつくばっていたでしょうね。ふふふ、無様ね! あんたはそうならなかったことに感謝し、一生、主人である私を敬って生きていくのよ!」
「………………」
「一日三回『私の命があるのはリリナ様のおかげです』と唱えて私の前で這いつくばって、一生を私の幸せのために尽くして生きていくことになるのよ!」
「……おまえに助けられなくても止められたから」
俺にもさすがに我慢の限界というものがあります。
――こんな風に、俺とリリナの非日常は淡々と続いていくのだった。
〈了〉
ひきこもり召喚士は起き上がらない 雪瀬ひうろ @hiuro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます