それから


           *


「砂国ルビナで、ヤンとイルナス皇太子の存在が確認できなくなりました」


 天空宮殿の執務室で、ラスベルがヘーゼンに報告を行う。報告書によると、彼らを乗せた大船団が、西の海平線へと消えたそうだ。


 反帝国連合国が砂国ルビナでの捜索を打ち切って、実に10日後のことだった。


「そうか」

「……」


 淡々と頷きながら仕事をする黒髪の青年に、青髪美少女は不満気な表情を見せる。


「ん? どうした?」

「本当に重要なことは、私には秘密なんですね」

「そんなことはない。念には念を入れただけだ」

「わ、私が裏切るとでも!?」


 ラスベルとしては、これほど心外な話はない。誠心誠意尽くしてきたのに……いや、殺意を覚えたことも少し……いや、かなり……ほぼ毎日あるのだけれど。

 

「そんなことは思ってないよ。君のことを、もの凄く信用している」

「……っ」


 う、嬉しーー


「それに、今、僕に挑めば99.999%君が死ぬからね」

「……っ゛」


 一瞬にして前言撤回、○したい(願望)。


「だ、だったら言ってくれればいいじゃないですか!?」

可能性があるからな」

「……誰からですか?」

「さあ」

「さ、さあって」


 気配などは感じない。いや、この場は幾重にも結界が張り巡らされている。何人の侵入も受け付けないはずだ。


「僕らが相手をするのは、人間だけとは限らない。そういうことだ」

「……」


 何を言っているのか、わからない。想像すらつかない。この人は、いったい、何と戦っているのだろうと、疑問になるほどに。


 ラスベルは報告を続ける。


「……道化の格好をした奇妙な化け物が、反帝国連合国の追っ手を蹂躙したそうです」


 その衝撃インパクトは、あまりにも強烈だった。あの戦闘の情報がすぐさま、大陸中に漏れ出るほどに。


「中位悪魔ロキエルだ」

「……圧倒的な敗北だったそうですよ。反帝国連合国のトップ級2人は戦死。数百の竜騎兵ドラグーン団は全滅だったそうです」


 死亡したのは、グランジャ祭国の神官ロクロギスタに、凱国ケルローの副団長ダルシア=リゼル。いずれも大陸に名を馳せる有名な将だ。


 魔将軍ダーウィンは、バラバラにされたが、真なることわりの魔杖『狂葬ノ理きょうそうのことわり』の超人的な回復力で生き延びたららしい。


「ヤツと戦って、それだけの損害であったのは健闘した証拠だ」

「……すーも戦ったことがあるんですか?」

「ああ」

「……」


 ヘーゼンは端的に答える。


「西大陸の魔法使いとのレベル差に、正直、絶望的な想いになります」


 一人の魔法使いに、反帝国連合国のトップ級が束になっても歯が立たない。血を滲むほどの修練で、なんとか彼らに喰らいつこうとしているラスベルは、無力感に苛まれる。


 だが、ヘーゼンは首を横に振る。


「そんなことはない。僕らは彼らを知っている。そして、彼らは僕らのことを知らない。それだけだ」

「……」


 正直、そんなことでは納得ができない。集結したのは、紛れもなく反帝国連合国の最高戦力。各々が大陸で最強の名乗りを上げている者たちばかりだ。


「近接戦闘は明らかに西大陸よりも優れている。長所と短所が異なるだけだ。そして、近接戦闘で押すには怪悪魔は相性が悪い」

「……はぁ」


 ヘーゼン=ハイムは、お世辞は言わない。彼がそういうのならば、そうなのだろう。だが、それでも……あそこまでの実力差を見せつけられれば、嫌でも思ってしまう。


 西大陸と東大陸の違い。


 ヘーゼン=ハイムの生きた世界か……そうでないか。そう痛感させられたのは自分だけだろうか、とラスベルはため息をつく。


「怪悪魔を初見で勝ったのは、僕の知る限り2人だけだ。だから、彼らが弱いということにはならない」

「……すーもですか?」

「一度は殺されかけたがね」

「……」


 裏を返せば、単騎で反帝国連合国のトップ級をまとめて相手ができるということだ。こともな気に答えるその態度に、ラスベルは思わず恐怖を覚える。


「西大陸の存在は、明かしてもよかったのですか?」


 これまで、ヘーゼンが、ひた隠しにしていた西大陸の存在。恐らく、今回の事件で発覚するだろう。


「いつまでも隠すことなどできはしない。ライオールは、最大の衝撃インパクトをもって彼らに知らしめてくれた。期待通りの働きだった」

「……それが、西大陸から呼んだ魔法使いの名前ですか?」

「ああ。今頃は、ヤンとイルナスとともに西大陸にいるだろうな」

「……」

「行ってみたいか?」

「い、行かせてくれるんですか!?」

「絶対にダメだ」

「……っ」


 ぜ、絶対に。


 その言葉を聞いた瞬間、ガクーっとラスベルは肩を落とす。


「ヤンがいない今、君がいないと僕が困るからな。少なくともあの子が戻ってくるまでは無理だ」

「じ、自分勝手」

「まあ、君の向上心を満足させるほどの計画プランは用意している。ビシビシ鍛えていくから覚悟していてくれ」


 ニッコリ。


「……っ」


 こ、これ以上何かを詰め込もうと画策する、西大陸最強異常者サイコパス


「それにしても、ヤンたちは大丈夫なんですかね?」

「まあ、なんとかなるだろう。西の状況がどうなっているか興味深いところではあるがね」

「その、ライオールって方と連絡を取り合うのでは?」

「……いや、今はまだ連絡を取り合わない方がいい」

「何でですか?」

「何ででも、だ」

「……」


 や、やっぱり秘密主義だ。我ながら、こんなすーで、よくついていけるな、と自画自賛したい。


 そして。


 そんなラスベルのジト目など気にするはずもなく、ヘーゼンは書類仕事を終えて席を立つ。


「まあ、僕らは僕らのすべきことをする。それだけだ」

「……そうですね。では、私たちの次の行動は?」

































無能ゴミの排除だ」

「……っ」


              皇位継承編 完

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【1億PV突破】平民出身の帝国将官、無能な貴族上官を蹂躙して成り上がる 花音小坂(旧ペンネーム はな) @hatatai

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