悪魔
*
「「「「……っ」」」」
その姿は、あまりにも禍々しかった。その場にいる全員の背筋が凍るほどの悪寒。見ているだけで、この世の災厄がすべて降りかかりそうなほどの不吉さ。
何者か……いや、得体の知れぬナニモノか。
果たして、それが生物かどうかも不明……だが、反帝国連合国の面々は、この不気味な道化を『抹殺しなければいけない』と直感的に悟る。
そんな中。
「ふっざけんじゃないよおおおおおおっ!」
飛び出したのは、凱国ケルローの副団長ダルシア=リゼルだった。彼女は、猛烈な速さで飛び込み双槍型の魔杖『
自身の魔力を極限まで集約し放った一撃である。
だが。
「……え?」
彼女……いや、彼女であった胴体と怪悪魔が交差した時。
「クエエエエエエエエエエエッ」
彼女の首は、お手玉となってクルクルと怪悪魔の手の中にあった。まるで、お気に入りの
「「「「「……っ」」」」」
大陸トップ級の1人が、数秒で亡き者へと変わった瞬間、砂国ルビナの団長ハンフリーが叫ぶ。
「近くにいる者で隊列を組め! 絶対に一人で向かうな!」
「クエエエエエエエエエエエッ」
「……っ」
瞬間、弾かれたように巨体が動き、不気味で不規則な動きを見せながら迫ってくる。ハンフリー団長は、
だが。
手前で、法陣がロキエルを阻む。
「早く攻撃を!」
「わかっている!」
英聖アルスレッドが叫ぶと、それに呼応したようにハンフリー団長が必殺の一撃を繰り出す。
「……っ」
大地の底が見えぬほどの一撃。喰らえばひとたまりもなかっただろう……喰らえば。
「クエエエエエエエエエエエッ」
怪悪魔の手に持っていたのは黒きマントであった。そして……大陸最強格の一撃を、まるで手品でも披露するように、いとも簡単にいなして見せたのだ。
そして。
まるで、観劇の観客に挨拶でもするかのように、ロキエルは得意気に周囲を見渡す。
「その化け物から離れるんじゃ!」
叫んだのは魔聖ゼルギス。先ほどの攻撃をも超える数百の光弾を、怪悪魔に向かって放つ。
だが。
ロキエルは大きなマントで自らを覆い隠す。
「クエエエエ、クエッ、クエエエエエエエッ」
奇術師が手品を披露するように。
誇らしげに。
楽しげに。
少し嘲笑じみた声で
そして……数百の光は漆黒のマントに吸い込まれ、逆方向へと帰って行く。白が黒へと変化し、先ほど……いや、それ以上の威力で大陸トップ級の面々へと襲いかかる。
「くっ……なんという化け物か!?」
反帝国連合国のトップ級が散り散りに、闇の光を躱す中ーー
怪悪魔ロキエルが弄ぶ、お手玉の首が、もう一つ増えていた。
「「「「「……っ」」」」
そこにあったのは、グランジャ祭国の神官ロクロギスタの首だ。胴体は、遅れたように血を吐き出しながら、無惨に倒れる。
「カカカカカカカカっ! 面白ぇ!」
グランジャ祭国の魔将軍ダーウィンが狂喜し、怪悪魔に肉弾戦を挑む。彼の魔杖は、
自らを
「クエッ! クエエエエエエエエエエエッ」
その拳撃の速さに、数歩後ずさり、道化は初めて焦った表情を見せる。魔将軍ダーウィンは、足払いをしてロキエルを転がし、そのままマウントを取って異常な膂力で抱きつく。
「ケケケケケケケッ! 死ねよ!」
「喰らえ!」
魔将軍ダーウィンの声に呼応し、圧倒的な一撃を繰り出したのは、蒼国ハルバニア軍よ勇騎将ガーランドだった。
英聖アルフレッドと対をなす、蒼国ハルバニア軍のトップである。若々しき英雄は、大剣型の魔杖『
だが。
ガキン。
「……っ」
黒く染まった血が大地へと噴き出したが、それは魔戦士長ダーウィンのものだけだった。異常なる膂力を、更に異常な膂力で腱ごとぶち破り、漆黒に染まった爪でその斬撃を止める。
そのまま。
魔戦士長ダーウィンの。
首と。
手足と。
胴体を切り刻んだ。
「クエエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ、クエックエエエエエエエエエエエッ!」
「「「「「……っ」」」」」
完全なる
道化は、2つの首とともに、ダーウィンのバラバラになった身体を、お手玉をしながら嗤う。
驚くべきは、いずれのお手玉も、大地に落としてもない。空中に弄ぶ距離を計算に入れて……まるで、
そして。
殺戮のお手玉をポーンと上空まで飛ばし、ロキエルは地の底へと沈んで行く。
そして。
次に姿を現した場所は、数百の
「……バカな」
食国レストラルの宰相トメイト=パスタが、震える手で銀縁眼鏡をあげる。
「クエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ!」
「ば、化け物が」
副騎士長アルグレア、
だが。
「クエエエエエエッ」
「「「「「……っ」」」」
怪悪魔は無邪気に、おちょくるように、悪童のように笑いながら猛攻をいなす。何発かは入っている。しかし、その飄々とした防御を陥落することができない。
だが。
「クエエエエエエエエエエエッ! エッ?」
突然。
上機嫌だった道化の動きがピタリと止まる。
瞬間、近接戦闘を行っていた者たちが危険を覚えて距離を取る。
「……」
怪悪魔ロキエルは、しばらく、沈黙をして。
「クエエエエエエエエエエエッ! クエッ、クエッ! クエエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエッ!」
まるで、
やがて。
あきらめたように、怪悪魔は地面の魔法陣へと沈んでいった。
「「「「「「……」」」」」」
残された反帝国連合国の者たちは。
しばらく、その場から動けなかった。すでに、カエサル伯もラージス伯も暗部も撤退済み。イルナス皇太子も、この場を去り追跡もままならない。
そして。
「……」
英聖アルスレッドは、深く深く目を瞑り。
完全なる敗北を悟った。
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