危機感
*
「ライオール、僕は今日発つ。君は5年後に、東大陸に渡ってくれ」
「……っ」
仮面の魔法使いは、死体の山の上で足を組み、そう言い放つ。戦場のカンを取り戻すため、不規則に戦場に現れ、積み上げた殺戮の数々。
ヘーゼン=ハイムが転生し、実に6ヶ月後の姿だ。
そして、久々に会ったのに、超無茶振り。
「その……なぜ、5年後なのですか?」
「最短で実績を積み上げたとすれば、その時に頭打ちになる。君の力が必要になるだろう」
「……ははっ」
白髪の老人は、思わず戦慄を覚える。
自身を極限まで痛ぶり、酷使し尽くした末に導き出した経験則。この男は無限にある可能性の中で、時すらも操作しようというのか。
ましてや、東大陸など千年以上、誰一人として渡ったことのない未開の地だ。そんな場所に単独で挑み、荒唐無稽なことを言い放つなど、傲慢不遜の極みだ。
「……」
ただ、ライオールは笑うことができなかった。
ヘーゼン=ハイムは、突然変異だ。
彼の出現から、西大陸の最強魔法は聖闇魔法となった。進化とは、ある時に急に起こる。それが、ライオールの持論だ。
とすれば、ヘーゼン=ハイムが東大陸で為し得ることの全ては、十分に想定できることなのだろう。
「しかし……そもそも、どうやって東大陸へ?」
ライオールが尋ねる。
「以前、アルゴランという海賊が東の大陸から西の大陸に渡った。そして、十数年後に再び東の大陸へと帰って行った……その記憶が、ここにある」
「……」
ヘーゼンは自身の頭をトントンと叩く。恐らく、転生前に
「しかし、なかなか難儀な
「そうか? いつものことだろう?」
「……っ」
た、確かに。
というか、この人の指示で細かいものはない。結果だけ要求して、過程には口を出さない。それを、信用と取るのか、無茶振りと取るのかは微妙なところだ。
だが。
「わかりました」
白髪の老人は、もちろん、笑顔で応える。というか、それ以外の選択肢などあの男にしか言うことができないだろう。
「ありがとう。僕が東大陸に渡るところも
言葉少なめに、仮面の魔法使いは漆黒の翼で飛び立った。
*
それから、5年後。ライオールは言葉通り、東大陸へとやってきた。数ヶ月で動向を探り、ヘーゼン=ハイムにすら気取られないように裏で動いた。
その中で、ヤン=リンが奇貨となるという確信はあった。
黒の鴉を模った魔道具。自動で情報を収集する人形である。それらを東大陸の全土に放つ一方で、ヤンとイルナスの近隣に住んだ。
鴉の自動人形は、ヘーゼン=ハイムが見ればわかる。コンタクトを取ることはなかったが、薄々とは、ライオールの存在は感じていただろう。
そして。
船の上で、ガビーンと顎が外れそうになっているヤンとイルナスの頭を、好々爺はポンポンと叩く。
「驚かせてすいませんね」
「で、でも……村人全員と、凄い顔見知り感がありましたよね!?」
「記憶を操作しました」
「……っ」
ヤンが尋ねると、ライオールは笑顔を浮かべサラッと答える。
深悪魔ベルセリウスは、人の心を読み、記憶を消したり操作することができる。記憶の改竄は、強力な魔法使いには難しいが、魔力の持たない平民で期間限定ならば難なく可能だ。
そんな会話をしているうちに、次々と極大魔法が打ち込まれていく。魔聖ゼルギスの光弾。魔戦士長オルリオの
だが。
「「「「「……っ」」」」」
白と黒に包まれた聖闇のベールが、それらを通すことはなかった。
「す、凄い魔法……」
あんぐりとヤンが口を開ける。
「ヘーゼン先生が編み出した魔法です。あの方は、それから死ぬまでの間、史上最強の魔法使いの名を欲しいままにしてました」
「……っ」
ヤンとイルナスはゴクリと生唾を飲む。
「
「知りたいですか?」
「……はい」
黒髪の少女は、首を縦に振る。
「でしたら、案内しましょう、西の大陸に」
「い、いえ……だから、結界に囲まれて身動きがーー」
言い終わる前に、白髪の老人がニコリと笑い、澱みなく精緻な指の動きを繰り出す。
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
「「「「「……っ」」」」」
闇の光とでも呼ぶべきだろうか。放たれた圧倒的な魔法は、英聖アルフレッドの結界を粉々に消し飛ばす。
「……あぅ」
ヤン、ガッビーン。
そして。
「さて、道は作りましたが、彼らを追いつかせないようにしないとダメですね」
ライオールはそう答えて、船の外を見つめる。未だ極大魔法は放たれ続けている。圧倒的な物量で、力押しに掛かっているらしい。
「……ふぅ」
そして、その光景を眺めながら、白髪の好々爺は小さくため息をつく。
「足りないな」
「た、足りない?」
「ええ。彼らは、ヘーゼン=ハイムと対峙することが、どういうことか、その危機感が足りてない」
好々爺は柔らかな笑顔で答え。
指で闇の光を大地に描く。
<<邪悪なる魔よ 真なる恐怖と共に 亡者を 奈落に つかせ>>
その言葉は、深く響き、指先で精製した五芒星の魔方陣は、美しい線を描いた。
地面から、巨大かつ不気味な道化が現れた。漆黒の身体ながら、白塗りの顔に派手な服装。一見可愛らしい化粧を施した姿。それは、酷く禍々しく映る。
「蹂躙しろ……ロキエル」
「クエエエエエエエエエエエッ!」
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